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人は「後ろ姿」で見抜かれてる

選挙のたびに思い出す人がいる。峰竜太さんだ。

一応念のために書いておくと政治的な話でもなく、峰竜太さんも選挙には出てないので安心してください。

何を思い出すのかというと、峰竜太さんの「人の見抜き方」だ。いつの選挙だったか忘れたけど(いろいろ忘れすぎ)、選挙特番やるくらいだから何かの国政選挙だろう。

某局の特番で峰さんがアイドルの女の子に、街頭演説の「見方」をレクチャーしていて、結構深いなと思ったのだ。

もちろん台本もあるんだろうけど、峰さんの個人的な観察力と洞察力は「あ、これほんとに峰さんが普段からやってるやつだ」と思わせるものだった。

そのときの街頭演説は同じ党の何人かの候補者が集まって、そこに党の実力者も応援に来てる図式。屋根に人が立てるようになったワゴンタイプの選挙カー(あれ、なんていうんだろう)の上で、順番に候補者や応援演説者がしゃべるのだ。

「いいか、候補者が演説してるのを見るのも大切だけど、それよりその候補者がしゃべり終わってからとか、他の候補者がしゃべるときにその人がどうしてるかを見てみな」

少し離れたところから演説を見ている峰さんがアイドルの子に教える。

いくらみんなが見ている演説で「いいこと」を言っても、そんなのは所詮、ある意味で「仕事」だ。一応、政治家という職業をしてるんだからそこはちゃんとするだろう。

問題はステージから降りた後、人が注目していないところでその人がどうしてるか。そこに意外な素顔が表れるから見ときなと峰さんは教えてるのだ。

        ***

ある候補者は、自分が演説を終えると、他の候補者の話のときには「終わった終わった」という感じで、別のスタッフと談笑している。ある候補者は自分の演説のあとも、他の候補者の演説をじっと聞いている。

もちろん、そこだけ切り取ってしまうのは違うのかもしれないけど、一面ではその姿が何かを語ってるのも事実だ。

峰さんも、どっちがいい悪いという評価はしていない。そこに何を見出すかは人それぞれだ。

まあ、だけどなるほどなぁと思う。自分をよく見せないといけない場面がある人ほど、そういう職業の人ほど「つくってる」と、どこかで油断して素顔はそうじゃないんだが出る可能性はある。

そこまで人に見られる職業じゃなくなくても自分の後ろ姿なんて、自分では意識してないから「そのまんま」が出ちゃってると思う。

そこでできるだけ隙がないようにするのも一つの生き方だし、そもそも「つくること」なんかしなくても常に誰が見てても見てなくても「そのまま」でいられるように生きるのも生き方。

個人的には後者のほうがいいよなぁと思う。自分の後ろ姿まで「つくる」なんて面倒くさいし難しい。

人に注目されてるのを意識してるのから外れたところ。自分では見えない「後ろ姿」にその人が表れるのだとしたら、やっぱり無理して人に見られる自分をつくっても仕方ないんじゃないかな。

選挙シーズンになると、いつもそのことを思うのだ。


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spasiba!
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ふみぐら社

村暮らしのライター/エディター Editing and Book Writing/人とことばと土を耕して生きてます。東京⇄信州。noteでは大事じゃないけど大事なことを。何をしてるかより「なぜしてるか」の深い話を聞いて書くひと→ https://fumigura.com/

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