見出し画像

秋の晴れの日に、1年前の日記を読む

久しぶりに一年前の日記を読み返してみると、久しぶりの社会復帰(その頃しばらく仕事をすることから離れていたのだ)に期待と不安を感じている自分の言葉があってとても驚いた。

仕事はうまく行くのだろうかだとか新しい環境で周囲に馴染めるかだとかこれまでのように映画鑑賞や読書ができなくなってまた自分を見失うのではだとかそんなようなことである。


一年が経ち、今の私が当時の自分に言葉をかけるのならば、今はあの時の不安はあっという間に解消されてしまって、あなたの想像していない状況になっている、それについては本当に大丈夫だ、と言ってあげたい。大抵の不安というのはうまくいくものだとも。

なにしろ私は来月娘を出産する予定なのだ。
一年前の私は想像もしていなかった事である。

先のことは本当にわからないものだとつくづく思う。

それに、自分の気持ちや自分の考えも状況に応じて変わっていけるものなのだと感じるようになってきている。

きっとそれは年齢だとか気概だとかそんなものは全く関係ないのだと思う。何歳になってもどんな人でも、知らないうちに今必要な自分というものに少しずつ変わっていく事ができるのだと今は感じている。

よく晴れた秋の日曜日。
昨日は久しぶりに夫と昼に美味しいパスタを食べさせるイタリアンのお店に行った。独身時代から時々訪れていたお店でもあり2人の思い出の場所の一つでもある。

私はキノコと生ハムのクリームパスタと、メインに牛肉の網焼きを選んで、夫はシンプルなトマトパスタと豚ヒレ肉の煮込みを食べた。付け合わせのドイツパンはカリッと温められていてふかふかしている。

あぁ幸せだ。デザートに選んだケーキは小麦や卵を使っていないものだとサーブしてくれたお店のおかみさんが言っていた。甘くてしっとりしていて、栗の渋皮煮とカシューナッツがたっぷりと乗っていてザクザクしている。夫はエスプレッソによく合いそうな苦くて硬めの焼きプリンだ。


こうして2人でゆったり食事をする時間もしばらくの期間はお休みかもしれない、としみじみと思う。

それに、この人がいなかったら今の自分はどうなっていただろうか。目の前で美味しそうにトマトのパスタをすする彼を見て私は考えていた。

これまでの数ヶ月、私もだけれど彼も随分と変わっていたのだなと気がつく。
思っていた以上に体がつらくて仕事を辞めたいと何度も思った。これまでの生活や人間関係が少しずつ変わっていく事に戸惑いと焦りと不安で気持ち的に追い詰められそうになった時も何度かあったと思う。もちろん感じたことのない喜びや嬉しさもである。
でも、結局こうして仕事を続けながら無事に休みに入る事ができたのは、きっと彼が毎日作ってくれていたお弁当のおかげだ。

ちくわの磯辺揚げに塩鮭、鳥の唐揚げと卵焼き。私好みの強い酸味の効いた梅干しとゆかりのふりかけのかかったご飯。ほうれん草のお浸しやブロッコリーの胡麻和えも添えられる。冷凍食品の海老カツだって、しっかりタルタルソースがかかっていてすごく好き。彼が長年使っていた曲げわっぱのお弁当箱に、綺麗に詰められた私の好物ばかりのお昼ご飯。

今日のような特別な食事も好きだけど、彼のお弁当はもっとずっと私にとって特別ものだったのだ。

食事の後は、少し離れた森の中に位置する神社に立ち寄ることにした。

樹齢数百年という厳かな木々に囲まれた空気の澄んだ参道を2人で歩いてお参りをした。10月も半ばだというのに、歩くと少しだけ汗ばむぐらいにまだ暑い。
少しだけ疲れたので、入口にあった茶屋に寄って冷たい水出しのお茶をいただいた。お昼に塩気の強い食事をしたので、ごくごくと飲んでしまう。


「ねぇ、明日はお弁当を作っていくの?それなら私の分も作っておいてくれないかな?」

家に帰ってソファでくつろいでいる夫に、私はそんなことを聞いてしまっていた。
お休みに入って余裕ができたのは私の方だというのにひどいかなと思いながらも半分はまじめだった。冗談でしょ?と夫は言って2人でお腹が痛くなるぐらいすごく笑った。

今朝はベッドルームに差し込む朝の日の光と、甘い卵焼きの香りで目が覚めた。

もう夫は仕事で家を出ていたけれど、ダイニングのテーブルには見覚えのある曲げわっぱが、丁寧にアイロンのかけられた藍色の包みの上に乗せられていた。私の夫はこういう人なのだ。

今日もとびきり天気がいい。お昼は近くの公園までお散歩に行ってこのお弁当を食べるのもいいかもしれない。周囲に変な人だと思われるだろうか。別にそれだっていいじゃないか。

嬉しさと期待と恐怖、愛おしさと不安が全部入り混じったような今の私の気持ちも、1年後の自分にはどんなふうに映るのだろうか。

これから先、きっと色々なことがあるのだろう。
それでも、きっとなんとかなるかもしれない。

まだ部屋の中に残るお弁当の美味しそうな匂いを感じながら、今はそう信じてみようと私は思う。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?