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新しいテーブル と向田邦子の名エッセイ

夫と結婚して良かったと思うことの一つに、ものを選ぶ価値基準がほとんどにおいて似ているというのがある。好きなものが似通っていると言うよりも、よほど気に入ったものでない限り不便でも買わない、買う時には金額は気にせず20年先も使いたいきちんとしたものを選択するところだ。つい最近結婚5年目にしてようやく納得のいくダイニングテーブルを見つけて注文をした。今は建築士でもある夫が大掛かりなDIYで仕上げた無垢材のテーブルを使用しているが(これもとても気に入っている)子供が産まれて食卓を囲む段階が近づいてきたので悩んだ挙句買うことにしたのだ。届くのは早くても3ヶ月先とのことだが、以前からいずれは手に入れたいと思っていた名品である。

こんな時、いつも私は向田邦子の『手袋をさがす』というエッセイを思い出す。そしてまるで自分だなと思う。

これまで読んできたエッセイの中でも最も好きな一編で、以前作家の角田光代が「嫉妬するほどの傑作」と言っていたことが印象に残っている。

いうまでもなく多くの人を魅了してきた言わずと知れた名作だ。



向田邦子は何事にも妥協ができず、ものを選ぶのにも仕事を選ぶのにもほどほどでは満足できない性分であることを、正直な文章と面白いエピソードを交え悩みながら思考しているものである。

題名の「手袋をさがす」というのは、周囲から、寒いのだから手袋を買ったらどうかと言われるものの本当に気に入ったものがなくずっと買わずに痩せ我慢をして過ごしたというひとつの面白いエピソードだ。


私たちの中にある都会的で知的でセンスのいい憧れとしてイメージする向田邦子の根源がこのエッセイに込められているようにも感じる。

向田の何歳になっても貪欲な生き方が私はとても好きだ。自分自身がどう生きるかということや、買うものについて「このぐらいでいいか」ということをしない。その代わり、心から気に入ったものはお給料3ヶ月分を全て使っても手に入れる。
仕事でも何度も方向転換しながら今度はこれ、次はこれと、また新たなものに手を伸ばすのである。


「このぐらいがちょうどいい」という言葉の方が美化されがちな現代に、向田邦子の正直で贅沢好きなところに私はいつも救われ不思議と勇気づけられる。


私自身もこれまで仕事の面でも紆余曲折あり好きな物のためにずいぶんとたくさんの買い物をしてきたりもしたが、これを読むと「向田さんもそうなんだから」と、なんとなく少し気持ちが落ち着くのだ(笑)

何よりも何かを選ぶ行為というのはその人となりが一番反映するもののように思う。

お気に入りのダイニングテーブルで家族の時間を贅沢に過ごすのもこれから楽しみだ。いつかこれを娘が気に入って譲る日が来たら尚嬉しいなと思っている。たとえ気に入らなくても長く大切に使いたい。

私は子供の頃から、ぜいたくで虚栄心が強い子供でした。いいもの好きで、ないものねだりのところもありました。ほどほどで満足するということがなく、もっと探せば、もっといいものが手に入るのではないか、とキョロキョロしているところがありました。

向田邦子ベスト・エッセイ(2020) 「手袋をさがす」ちくま文庫

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