オーロラ体験記@フィンランド
真っ暗闇をバスで駆け抜けると小さな町が現れた。pm7:00。もう人の姿はない。
時は6年前。
私はフィンランドの北部、サーリセルカにいた。
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「なんか、今しかできないことしたい。オーロラみるとか。」
就職活動を終えたばかりの暇な大学生が口にした。
そこに同じく暇な大学生2人が便乗してきた。
「え、いこ。オーロラみにいこうよ。」
たった2分で決まった。知識はない、お金もない、時間だけはある女3人は、その瞬間からオーロラについて調べ始めた。
オーロラの観測地として有名なのは、フィンランド、ノルウェーなどの北欧地域か、イエローナイフ、アラスカなどの北米地域。それぞれにメリット・デメリットはあるようだが、欲張りな私たちは、オーロラだけでなく観光も楽しめる北欧に心をときめかせた。
そして、マリメッコやムーミン、犬ぞり、シナモンロールやサンタクロース村など、何とも心躍るラインナップを取り揃えているフィンランドに決めるまで、そう長い時間はかからなかった。
フィンランドはアクセスも完璧だった。最寄りの中部国際空港から首都ヘルシンキまでフィンエアーで乗り継ぎなし、10時間のフライトのみだ。ただしオーロラの観測に適しているのはヘルシンキから北上したラップランドと呼ばれる地帯だ。ヘルシンキ到着後、国内線を乗り継ぎ、更にバスで数時間駆け抜けて辿り着いたのが、冒頭のサーリセルカである。本当は、かっこよく航空券だけ握り締め、ホテル予約サイトを駆使するなど「旅」っぽいことがしたかった。けれど、英語が通じるかもわからない地域で、経験不足のわたしたちにそれはちょっとハードルが高いように思え、旅行会社のツアーに申し込んだ。全ての移動費、ホテル、一部の食事代、観光施設の入場料、アテンド付で15万円前後だったと思う。今思うと破格だが、毎月自転車操業の貧乏学生だった私に払える額ではなかったので、親に頭を下げてお金を借りた。この時期はよく、「出世払い」という言葉を使っていたような気がする。
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サーリセルカで1番大きいと謳うスーパーは5分もあれば十分に回れたが、人口350人の町を支えるには十分なのかもしれない。11月上旬にも関わらず、雪は40cm程積もっていた。人が生活しているとは信じ難かったが、雪景色の中にぽつぽつと浮かぶ民家の灯りが人間の営みを物語っていた。
pm.10:00。いざオーロラ観測準備。外の気温は-10℃を下回っている。ユニクロのあらゆるウォームウェアをとにかく着込み、さらにその上からスキーウェアを着た。スノー手袋にスノーブーツ、大量のカイロ、これだけあれば完璧だろうと思い外に出たが、オーロラが見えるその瞬間までじっと外で耐えなければと思うと身震いした。
観測開始から30分も経たなかった頃だと思う。突然モヤのような白い光が現れた。その光はだんだんピンク、緑、黄色を纏い、大きく大きくうねりながら私たちを囲った。
「すげえぇぇええぇぇええええええ!!」
金縛りにあっているような感覚だった。圧巻されて、全員大きな口を開けたままフリーズした。フリーズしたまま涙が溢れた。
ちなみにこれは一眼レフ完全素人の私がシャッタースピードなどめちゃくちゃ適当に設定して、興奮と手のかじかみを抑えながら撮影した奇跡の1枚だ。
オーロラは表情を変えながら3分ほど続いた。幻が去ったあと、ようやく私たちは大声で感動を共有した。涙で濡れたまつ毛が凍って冷たかった。
ラップランドでは、翌日もオーロラを観測することができた。その日は、前日見たようなダイナミックでカラフルな光ではなく、緑一色、広い空に大きく伸びる、強くて静寂な光だった。
天候条件によっては、1週間滞在しても、1度も見ることが出来ないなんてことがざらにあるらしい。2夜連続観測することができた私たちは、一体全体前世でどれだけ徳を積んだのだろう。
私は後世にもこんなハッピーラッキーミラクルエクスペリエンスをプレゼントしたいので、その日から「一日一善」をモットーに生きることにした。
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ああ、オーロラが見たいだなんて、口に出してみるものだ。
遠く手の届かない夢物語のように思えたが、同志がいて、時間とお金がなんとかなれば大抵のことは叶ってしまう。年を経るにつれ、だんだんと制約が多くなっていくのは事実だ。仕事や家族、確かに自分だけの意思では動けないが、そんな中でもやっぱり意思はある。そして、やりたい!と強く思ったその瞬間が、実は1番夢に近いところにいたりする。
お金は親に借りて、社会人になってからボーナス一括払い、とはいかなかったけれど、毎月少しずつ返済した。
ああ、私はまた、あの異世界に溶け込みたい。
これはフィンランドを経験した6年前から日々、ずっとずっと思っている。思っているが、いつかまた、なんて生温い感情では、きっと実現せずに終わることも分かっている。
今はコロナで世界がそれどころではないが、世情が落ち着いたら、「オーロラを見に行こう」と夫に言うと決めている。
その時を虎視眈々と狙いながら、コーヒーをすすってシナモンロールを頬張る。
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