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アパレル販売員の「よかったらご試着できますので」を撲滅したい!

 お店で洋服を見ていると、まだ見ているだけなのに「よかったらご試着できますので」と店員さんに言われます。みなさんはそんなときどうしていますか?私は、少し面倒な気持ちになりながら顔だけそちらに向けて、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの大きさの声で「はい」と言いながら、頷いたのか会釈なのか微妙な頭の動きをしてなんとなく相手の姿を視界に入れる感じです。タイミングに違和感のあるアプローチに対し、こちらも会話として違和感のあるお返事。お互い様です。

 案内程度に声を掛けておこうというつもりなのかもしれません。窓のないファッションビルの中で「今日はいい天気ですね」なんて言われるよりは白々しくないし、私が試着したそうに見えて出た一言かもしれないし、ファーストアプローチで「よかったらご試着できますので」と言われることを私も実際のところ許容はしております。しかしどうしても、よく考えれば変なのです。今日はここでいかに「よかったらご試着できますので」が変かを述べますので(笑)、もしあなたがアパレル販売員なら、それでも明日からこれをファーストアプローチに使うかどうか考えてみてください。

1、「できますので」は文法的に言いさし

 このフレーズはまるであいさつのようによく使われますが、「ご試着できますので」の続きを最後まで口にする人はほとんどおらず、「ので」で終わりです。これは、話し手が自ら途中で止める<言いさし>という日本語独特の文法にあたりますが、初対面からお察しを求められているようでなんだか少しむずがゆい気がします。

 会話の途中、「~ので」「~けど」の接続助詞のところで話し手が自ら文を終わらせる形が<言いさし>です。例えば、
Aさん「ハサミ持ってない?」
Bさん「持ってるけど」
のように、だから何だ、まで言わない(コミュニケーションとしては幼い)やりとりや、
Aさん「今日あそこのランチいかない?」
Bさん「お弁当あるので」
のように、全部を言わず察しを求めるスタイルです。店頭で出会った販売員とお客様、大人同士の最初のコミュニケーションであるのに声を掛けた側が文を端折るのは、あまりスマートではないと思ってしまうのです。これはお客様側もそうで、「これ欲しいんですけど」しか言われないとお会計の場所が分からないのか、取っておいてほしいのか、在庫を出してほしいのか、分かりません。

2、「よかったら」は差し支えなければの意である

 「よかったら」でも「よろしければ」でも同じですが、これは文頭の「もし」が省かれた形で、意味合いとして「もし差し支えなければ」です。例えば、「よかったら香りのサンプルお渡ししてるのでいかがですか?」なら、「サンプルをお配りしているので、もしお差し支えなければお持ちになりませんか?」ということであって、荷物が増えるのが迷惑でなければ・香りがイヤじゃなかったら、いかが?という誘い文句と受け取れます。

 では、これが「よかったらご試着できますので」ではどうでしょうか。ちょっと皮肉っぽいかもしれませんが、「試着できますので、差し支えなければ」と同じと取ることができます。「よかったらご試着できますので」のフレーズが耳慣れてしまっていて気づきにくいですが、お店で店員さんに「差し支えなければ試着できますよ」と言われているのだと思うと、違和感が伝わるかと思います。「差し支えなければ」を「面倒でなければ」、と受け取ることもできますが、ファーストアプローチで「面倒でなければ試着できますので」と言われる場面を想像してみてください。やっぱり変です。

3、試着できないと思われていると思っている…?

 今から25年くらい前までは、お店側が一部の商品の試着をお断りすることが今ほど珍しくはない時代がありました(事実、渋谷マルイのヤング館のテナントで、白色のプルオーバーの試着をご遠慮いただいておりました)。つまり、昔は「よかったらご試着できますので」の部分にちゃんと意味があって、うちは試着できる店です、その商品は試着が可能です、試着されたければ遠慮なくおっしゃってくださいねというものでした。

 それが店内の商品を試着できるのが当たり前の時代になってもなお、口癖のように使われ受け継がれる「よかったらご試着できますので」。売り手市場だった過去の余韻のようで懐かしくもありつつ、やはり違和感があります。

4、では代わりにどうすればよいか

 ファーストアプローチで使う「よかったらご試着できますので」が、いかに変かをここまで書いてきましたが、ファーストアプローチで試着を促すなということではありません。いま、まさしくお客様が試着したそうにしていると感じたなら「ご試着なさいますか?」でOKです。もしそうではないなら、いまこの瞬間のお客様がどういう状態(段階)かを考えて、補足の説明をしたり次の行動を促すメッセージを伝えるが最適です。洗濯表示を見ているならお手入れについての説明や共感を、デザインを見ているなら特徴の話や印象の言語化、または鏡への誘導を、まだ触れてすらいないのなら触りたくなるような誘い文句とともに手に取るよう促しを、もし言うことが見つからないなら、何か目的のものがあったのか聞いてみるとか、難しければただ「こんにちは」とか(お店による)。あいさつ代わりに「よかったらご試着できますので」ばかり使っていると、そのあたりの洞察力や言葉を工夫する力が鍛えられないので、仕事に飽きてしまうのではないかと心配です。二度と同じ接客はありません。その都度頭を使っていきましょう。そして明日から、意味のないフレーズを減らしましょう。よかったら!


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