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堺雅人が紡ぐ言葉の魅力 『日曜日の初耳学』 テレビかじりつきVol.24


俳優・堺雅人のインタビューなどで語る言葉が好きだ。

もちろん台詞を流麗に発するお芝居も好きだが、それ以上に理性と知性に満ちた素の言葉に惹かれる。

独特、というとちょっとニュアンスが異なるかもしれない。ただ、ほかの役者とは明らかに異なるアプローチや表現を、堺雅人が語る言葉のなかには感じるのだ。

丁寧かつ機知に富んだ物言い。テレビや雑誌等のインタビューを読むたびに感じる。「声に出して読みたい日本語」そのものというか。

エッセイは2冊とも読破しているけど、エッセイよりもインタビューの言葉のほうが個人的には好き。


なぜなのか。


おそらく自発的でなく、インタビュアーによる質問に当意即妙な返しをする点と、その質問の真意や核心を即座に捉えて、真摯な思考と整理された回路によって導き出された言葉だと分かるから。紡がれる言葉に一切の無駄もなく、適正に語られるから。

言葉の選び方が雑でも惰性でも小慣れでもない。
瞬発的に真意とはズレた返事なり回答なりをしてしまう経験は誰しもあるだろう。それは経験値による癖、思考停止による反射、スピードを重視するあまり単語の選択や本音を熟慮しなかった等々、多様な要因があると思う。

堺雅人に関しては、これまであらゆるシチュエーションに対して真摯に深く向き合ってきた人だからこそ瞬時に引き出せる言語化であると不思議と信頼が持てる。上っ面感や雑味を覚えない。


私が尊敬する作家でPOP思想家の水野しずは、反射的に言葉を返さず、考える間をとってから返すことを意識的にやった方がいいと語っている。

実際に彼女のトークイベントなどを見ると、質問の意図が不明瞭なときはそれをハッキリと質問者に伝えているし、即座に返答できない時はたっぷりと間を取ってから言葉を紡ぎ出す。初めて彼女のトークイベントを見た人からするともしかしたら不安すら覚える時間かもしれない。それほどテキトーに言葉を投げ出さないのだ。

堺雅人も、質問に対して一度険しい顔をするなり腕を組むなりし、熟慮する時間を排除しない姿勢を感じる。

以下は水野しずが今年出版した『親切人間論』という論考書の発売を機に開かれたトークイベントの一幕。本の装丁を手掛けたのは日本を代表するブックデザイナーの祖父江慎。

この2人が語り合ったその日のトークセッションは最初から最後まで凄まじかったのだが、当日のやり取りのほんの一部を記載させていただく。


ブックデザイナーや編集者の力を借りて、想像を超える素晴らしい本が完成したことを受け、舞い上がりそうになったという水野しず。

そこで祖父江さんが問うた。

「"舞い上がる"って、何ですかね?」

水野しずはしばし熟考した。

祖父江「こうやって一個一個ちゃんと検証してくれるところが好きです」と笑顔。


水野「なんか、地に足のついた自分の言葉とか考えとか物の見方とか失って、その状況のほうにとらわれちゃっていい加減なこと言っちゃったりとか、その場しのぎで反射的に発言しちゃったりとか、そんなに本意では無いことを口走ってしまうことが舞い上がっちゃうとあるんじゃないかと思っていて。

自分は普段、"舞い上がらないぞ"って思っていて、みんな自由に舞い上がっていただくのはいいと思ってるんですけど、自分は舞い上がらないぞと思っていて。
どうしても嬉しい時って舞い上がっちゃうじゃないですか、人間である手前。

で、舞い上がるとどうなるかというと、風が凄い強い日に花見をしていて、大人数でお花見をするときにでっかいブルーシート敷くじゃないですか。
でもでっかいから、ちょっとでも風吹くとバアってなるじゃないですか。自分の気持ちがあれになったと思って、バタバタバタって自分の気持ちがあれの感じになったと思って、下から空気が入ってきて、自分の何か地に足ついた言葉とか、間違ったこと言わないように考えてるやつとかが全部バアって飛んでいっちゃって、その瞬間に管理できない領域で、全く自分が責任の取れない何を言うかわからない。

そうなったときの自分は本当に愚かで大馬鹿者だと思うから、そんなものを野に放ってはいけないと思っていて、そこに何かすごい責任感を持っていて、『舞い上がらないぞ』って思っている。

1人でもそう。
舞い上がった自分に一番影響を受けちゃうのって自分の心だと思うから。それがすごい嫌だなぁって思うんですよね。ひとりでいる時が一番気をつけている。人といる時はまぁちょっとぐらいいいわって思ってる。

伝えることの難しさってあるじゃないですか。
人にものを伝えることの難しさ。
やっぱりどんだけ自分が舞い上がらないぞって心の4刀流みたいな感じですごい真剣勝負みたいな感じでしゃべっていても、絶対に妥協はしなきゃいけないんですよ。

むしろ真剣だからこそ妥協しなきゃいけないんですよ。まぁこの場合は60%位で行くのが一番伝わるのかなって、なんかそういう真剣勝負をやっているんですけど、そういう水増し(祖父江さんのデザインによって本がポテンシャルを最大限に発揮し、更なる魅力が増したという意味だと思われる)をしてくれるってなると、やっぱり舞い上がるよねっていう。おいおいそれ85いっちゃうかって言う舞い上がり方」


祖父江「面白いと思いました。やっぱり考え方が丁寧すぎて、でも丁寧だけれども一般的に『ついこういうことに対してはこう言ってしまう』という、慣れではない考え方。
一個ずつをきちんと検証し直すって言う姿勢が面白いと思いました。

我々、単純におはようって言っても考えないじゃないですか。おはようっていう言葉1つずつをきちんと検証した上で言われているおはようかもしれないし、そんな存在の人がここにいるんだと思い、私もきちんと舞い上がらないように(水野しずと)打ち合わせをしなきゃと。

いろんなお仕事されていると思うんですけど、とにかくテキストが面白いので、テキストだけで勝負するっていう本にしたいと最初からありました」


『親切人間論』は哲学書ともいえるので、その徹底して真摯さ(親切さ)を貫くという態度、姿勢は大いに即座に見習べき点がある。


堺雅人の話題に戻す。


前述の水野しず×祖父江慎のセッションが如実な例だと思うが、先日出演した『初耳学』の人気コーナー"インタビュアー 林修"に初登場した堺雅人の語りはまさにその体現だった。いやもうずっと前からインタビューでも情熱大陸でもそうだったけれど。

あらためてこの人は異質で高度な言葉を用いて聴衆を聴き入らせる魅力があると感じた。その素の人柄ないし本質が、お芝居においても不思議と力をを持った台詞となって放たれ、他の誰かが言う以上に大衆に刺さる強度を備えるのだなと。

ドラマ『リーガル・ハイ』での5分半に及ぶ超長台詞(台本10ページ分)は語り草だが、途中で淀むことなく、「言う」でもなく「伝わる」熱量で大演説したのは痺れる。

しかも圧倒的に聴きやすい。
堺雅人の台詞の言い方にはまた彼ならではの抑揚とテンポがあり、まるで譜面から起こされた音楽のような言い回しで、ストレスなく耳に入り込む。


そのリーガル・ハイでの長台詞について、共演した新垣結衣がすごいと語った。

「途中の新垣結衣さんがすごい」
「もし俺だったら気が狂っちゃう」
「ひとの台詞の間の『あぁ…』とか『はい…』のほうが大変です」

「自分だったら自分の中の論理がずっとあるけど、何人もの台詞の流れがある中で台詞を間違えたら大変だし、合い手とかの方が大変だと僕は思います。(流れを)全部覚えなきゃいけないから」


堺雅人の演じるにあたってのポリシーは、台本のセリフをアレンジしないというもの。
台本に書かれた台詞のことは「神様からの言葉。聖書」と言い切っていた。

なぜそう思うのかについては、TVerでまだ配信されている番組本編を見てほしいが、その考え方にも感銘を受けるし、確固たる信念に基づいていた。


この場面も良かったな。


上記はタモリさんの笑っていいとも最終回でのスピーチに通ずるものもある。堺雅人とタモさんは同じ事務所だしね。


ちなみに今月の8月で、乗客乗員520人が犠牲となった1985年の日航ジャンボ機墜落事故から38年となる。この事故を題材にした映画『クライマーズ・ハイ』で私は堺雅人のファンになった。
それは言葉のまんま、鬼気迫る演技だったのだ。


インタビュアーの林修先生は、堺雅人出演のお気に入り作品のひとつに『ジョーカー 許されざる捜査官』を挙げていたが、こちらも印象深くて個人的にも好きなドラマだ。
法で裁けない悪人たちを堺雅人が痛快に闇討ちし、「お前に明日は来ない」という決め台詞の後に毎回容赦なく拳銃をぶっ放すカタルシス。大杉漣さんの存在感も抜群だった。

堺雅人といえば、菅野美穂と結婚したことでも知られる。結婚に至るのとは随分前に彼はインタビューで好きな女性のタイプをこんなふうに語っていた。

「言葉→声→顔」の順に惹かれる傾向があるとし、「まず会話をしていて楽しいと感じ、この人の声をずっと聴いていたいと思い、その人の顔が可愛らしいと気づく」と語っていたのだ。だから結婚報道が出たときに相手が菅野美穂で、「うわピッタリだ!」と思った記憶がある。それにしても好きなタイプの答え方ひとつとっても素晴らしい表現の仕方。

そんな彼をインタビューを終えた林先生は「努力の人」と語っていた。その努力は決して他人には見せないけど、あの技量には裏打ちされたものがあると。

かなり前での情熱大陸にて、堺雅人は真面目な役者と自身がいわれることに対して以下のように語っていた。

「どっちとも取れますね。嬉しいとも…憑依型と自力型があるとしたら(私は)自力型だと思います。よくやってるねってことじゃないですか。ただ、天才じゃないねって言われてる気もして。それはそうだなと思います」


また、Twitterで自分も定期的に好きで投下してしまう、雑誌『ダ・ヴィンチ』のインタビューで語っていた堺雅人の言葉を記したい。

「正義や正解は必ずどこかにあるものだからと、判断を先延ばしにするというのももちろん大事な選択です。

しかし、そうは思いながらも踏み出さなければならない時があり、どうせ踏み出すなら力強く踏み出そうではないかと。

そして、あなたが見つけた真実を自分で肯定できたなら、それこそがあなたの正義なのだ、と」


『日曜日の初耳学』は自分の好きな役者さんが今一番出てほしい番組だと思っている。林先生の利発かつ軽やかなインタビューはゲストをリラックスさせ、素の言葉を引き出す。
かつてそれが出来ていたのは今は無き『ぴったんこカンカン』における安住アナウンサーぐらいだったと思うから。


今ほどの大物になってもイメージに根強い象徴的な笑みは絶やさず、芝居以外ではとても軽やかで優しい雰囲気を感じる堺雅人。

やっぱり素敵なひとだなあと思った。


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