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「こんにちは」のカミナリ

ビチクソ感想文:『語学の天才まで1億光年』(高野秀行 著・集英社インターナショナル)

どうして外国語に惹かれるのだろう。日本語だけでじゅうぶん生きていけるのに。なんでわざわざ異国の言葉を勉強しなければいけないのだろう。Google翻訳もDeepLもChatGPT-4まであるのに。どうしてわざわざ慣れない文字を覚えて書いて、舌や口や喉や腹の動かし方のわからない音を発さないといけないのだろう。単純に苦痛だし、見苦しいし、恥ずかしいのに。…

いろいろ理屈はわかる。なんかメリットがあるんでしょう。その人なりに。仕事とか、資格とか、学問とか。

でも、語学を勉強している人たち、語学が好きな人たちを見ていると、そんな理屈では動いてない。じつはこれはあまり知られてないと思う。

先日、外国人による日本語スピーチ大会にお邪魔したのだが、興味深い発表者がいた。ある日、じぶんの町にやってきた日本人観光客の家族を見かけたとき、子どもが発した「こんにちは」という言葉の響きに雷に打たれたようなショックを受けたそうだ。それ以来、日本語が気になってしかたなくなり、勉強をはじめたという。ここに理屈はあるだろうか? まるで一目惚れ、いや一聞き惚れじゃないか。

異なる言語を勉強することの本質はコレなのだ。じぶんの日常をひっくり返すようなナニカがそこにあるから、わたしたちは異なる言語におそるおそる手をのばす。
誤解を恐れずにいえば、よくカタコトの日本語の外国人を見て「子どもみたいだな」とカン違いする人がいるが、それは一周まわって正しいということでもある。異なる言語を学び実践している人たちはもう一度赤ん坊になって世界を眺めてみたいと思っている(あるいは、そういう境遇にならざるを得なかった悲劇の人という場合もあるのだが閑話休題)。だからこそ、しどろもどろになってフツーじゃない声を発している。そんなふうに理解するべきだ。いいかえると、異なる言語を学ぶとは、みずからのうちに新しい身体感覚を創造する行為なのだ。

だけど、こんなことを書いている本はない。学校でも教えてくれない。なんかあやしい宗教みたいな感じがするから…というか「理屈」じゃないからだろう。非日常の体験を言語化することはむずかしい。それこそ言葉ではなく、その境地を生きなければピンとこない。

でも、そんな微妙な感覚こそ言葉をつかって悪戦苦闘しながら伝えていくべきじゃないのか。

そこで本書『語学の天才まで1億光年』の登場である。

本書は異言語を学ぶ魅力をこれ以上ないくらい感動的に描いている。外国語の「不思議のひと触れ」(スタージョン)に魅せられた著者の生き生きとした喜びにあふれている。誰もが知るメジャーな言語から「なにそれ!?」というマイナーな言語まで果敢に挑んでいく語学エッセイでありながら著者の自伝的なエッセイでもある。効用としては読後、勉強のモチベーションが爆上がりする。著者の冒険作家としての青春記でもあるため、すでに異言語に魅せられている人も、そうでない人も、たのしく読める稀有なノンフィクションになっている。「なんだよ、ムベンベって!」とゲラゲラ笑いながらツッコミを入れているうちに、いつのまにかしんみりしていたりする。さいごのあとがきは著者の清々しい生き方に感動して泣けてくる。

著者いわく世の中には語学の天才がいるという。もちろん天才じゃなくても外国語はしゃべれる。そして天才じゃないからこそ見えてくる言語の姿がある。たとえば本書の通奏低音になっている「信頼があれば言葉はいらない」といった洞察は、分断の時代だからこそ何度も胸に刻むべき人間の真実だろう。本書は、おどろくほどの爽やかさとユーモアで「この世の摂理」が説かれている哲学エッセイでもある。

ちなみに、わたしの場合は、仕事がら英語に接するものの「Google翻訳とDeepLでいいじゃん」「あとは得意な人に任せたらいいじゃん」という人間だった(基本的に今もそう)。でも、なんか急にじぶんでやりたくなった。かなり遅いと思う。つい最近だ。「こんにちは」のカミナリに打たれたわけではない。分析してないが、おそらく日本語に飽きたからだと思う。というか、日本語ばかりのじぶんという存在に飽きたのかもしれない。なんで一つの言葉でしか思考できないのか意味がわからなくなった。2つの言葉をしゃべれる人間、3つも4つもしゃべれる人間がたのしそうに思えた。そういう人たちの身体感覚に惹かれた。どんなふうに世界や言葉を感じているのだろうか。そのほんの切れ端だけでも体感したい。もちろん英語ネイティブの人たちと話すのは苦痛である(!)。ナニクソと思ってやっているが傷だらけである。それでもめげずに立ち向かう。きょうもSpotifyでBBCワールドニュースを聞き流す。いっこうに上達する気配がないが、きょうも外遊びに出かけてズタボロになって帰ってくる子どもみたいにたのしく学んでいる。


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