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雪を憎んで

 第55代横綱 北の湖敏満。昭和の大横綱であり大相撲史上最強のヒールだった。プロレスでいう悪役とは少し違うけれど、とにかく強すぎて憎まれていた。あまりに強すぎるから懸賞金の本数が少なめだったという話もあるほどだ。

 昭和51年から55年頃までは圧倒的な強さだったと記憶している。だけど昭和57年初場所で優勝した以降は故障による欠場が増え、土俵の主役は千代の富士に取って代わられる。もう引退してはという声も大きくなってゆく。そんな中、昭和59年夏場所で北の湖は全勝優勝を果たす。この頃になると強くて憎いというイメージはすっかり消え、観客からも応援の声が目立つようになっていた。当の横綱はそのことで自身の衰えを実感したらしい。そんな中での全勝優勝だった。


 冬のあいだ、ぼくは雪に憎しみを感じている。雪に苦しめられているし、雪が降らなければと思う。でもいつの冬も、雪とぼくにとっての昭和59年夏場所がやってくる。邪魔でしかなかった雪山が少しだけ痩せてきて「かわいそう」という感情が芽生えてくる。一進一退はあるけれど雪はどんどん痩せていく。春が近づくと一度は嵐を巻き起こしたりするけど、その頃にはすっかり憎しみも薄れてしまっている。そして新しい季節の中で姿を消してしまうのだ。ぼくを記憶に取り残したまま。


 北の湖は昭和60年初場所で引退した。現在の両国国技館の、こけら落としの場所だった。誰にも話したことはなかったけれど、ぼくは北の湖が好きだった。同郷ということもあるが、憎まれても平然としていたところが好きだった。

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