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卒に将たるは易く、将に将たるは難し[史記]

劉邦は、項羽との争いで数多く敗北を経験したものの、なぜか優秀な人材が彼の元に集まりました。ある時、彼は韓信に
「私が率いられる兵の数はどれほどだと思うか」と尋ねました。
韓信は「せいぜい十万人ではないでしょうか」と答えました。
「では、お前はどうなのだ?」と劉邦が問うと、
韓信は「多ければ多いほど、百万人でも可能です」と返答しました。
驚いた劉邦が「では、それほどの人間がなぜ私の部下なのだ?」と尋ねると、
「私は兵に将たる者で、将の将たる人間ではありません」と韓信が述べたのが冒頭の言葉です。

『将の将たる』の代表的人物として思い浮かぶのは、鉄鋼王と言われたアンドリュー・カーネギーです。彼の墓碑にはこう刻まれています。

自分より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る

リーダーは、人々を引き寄せる力と、チームメンバーに適切な機会を提供する能力を持つことが重要です。

劉邦の故事は、我々にリーダーとは何か、そして部下とは何かを示しています。それは、我々が日々仕事に取り組む上での重要な教訓です。

組織や企業は、扇子のようなものです。扇面が立派でも、中心部分、つまり「要」がなければ機能しません。同様に、我々の組織も、経営者という中心的存在がなければ全体としての役割を発揮できません。
それが、「将に将たる」ことの難しさであり、その大切さを示しています。

歴史を振り返ると、このような特徴を持った人物が何人かいます。

その一人が室町幕府の創設者、足利尊氏です。尊氏は一見すると優柔不断で躁鬱気味に見えるかもしれません。彼は特に戦闘のエキスパートでもなく、肉体的にも強いわけでもない。秀吉のような抜群の知性を有していたわけでもない。彼が目立っていたのは、政治や軍事戦略の細部にはほとんど介入せず、弟の直義に任せていたこと、そして自分が大局を見つめ、「鎌倉幕府に反旗を翻す」という大きな方向性を決定したことだけでした。
このような方向性の決定は、総大将だけが果たせる重要な役割です。劉邦も同様の決定を下しています。これは「将の将たる器」と呼ばれるものです。

人間の「器」という抽象的な概念を考えるとき、成功した歴史上の人物には共通する特性が見受けられます。
坂本竜馬の革新的な構想と戦略を受け入れて「薩長連合」を成立させ、倒幕という大方針を決定し、勝海舟の提案を受けて「江戸城無血開城」を実現した西郷隆盛。
NHK年末ドラマ「坂の上の雲」で取り上げられ、秋山真之の作戦を採用し、日本海海戦でロシア・バルチック艦隊を撃破した東郷平八郎もそうです。東郷平八郎は海軍内で特に優れていたわけではなく、どちらかというと人望はあるものの、平凡な人物だったとされています。

「器が大きい人物」とは、広い視野を持ち、多くの人々や様々な意見を包み込むことができる人物を指します。これは、多様な視点や意見を受け入れる寛容さ、人々との深いつながりを築く能力、困難な状況でも落ち着きを保つ冷静さ、そして大きな目標やビジョンを持つことができる広い視野を含む、リーダーシップの一部です。器の大きい人物の器は、満杯になるまでぎっしり中身が詰まっているわけではありません。

器が大きい人物は、自分自身の利益や立場だけでなく、より広範な視点で物事を考えることができ、しばしば他人の意見や視点を尊重し、異なる意見を調和させて一つの方向へと導くことができます。また、自分が間違っていた場合でも素直にそれを認め、必要ならば他人から学ぶ柔軟性も持っています。


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