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シンプルな質問が人生の嘘を浮き彫りにする

 僕はかつて、30歳を少し過ぎた頃にうつ状態に陥ったことがある。そのきっかけになったのは、ある一つのシンプルな質問を投げかけられたからだ。その質問が、僕が自分につき続けてきた「人生の嘘」を浮き彫りにしてしまった。そして、僕はその嘘について考え続けなければいけなくなり、挙句の果てにうつ状態になった。そして、人生を1からやり直すことになったのだ。シンプルな質問は、時として物事の本質を見せてくれる力がある。そういう力があるのだ。

一本の電話から始まった

 当時の僕は、エンジニアとしてサラリーマンをしていた。本社は東京の新宿にあったのだが、僕は九州は福岡に唯一ある営業所に転勤になっていた。当時はまだ独身だった僕は、会社が用意したワンルームマンションに1人暮らしをしていた。そのマンションに、ある夜、一本の電話がかかってきた。

「あの、○○ですけど、覚えていますか?」

 電話の相手は、ある同級生の女性だった。彼女とは卒業してからも数回、顔を合わせてはいたけれど、頻繁に連絡を取っているわけではなかった。何しろ、当時の彼女はメディアに取り上げられるような有名人だったから、顔を合わせるような機会はほとんどなくなっていたのだ。確かに彼女の声を聴いたのは久しぶりだったけれど、忘れるはずがなかった。

 その日を境に、彼女から頻繁に電話がかかってくるようになった。彼女は仕事で行き詰まりを感じて悩んでいて、話を聴いてくれる人を必要としていたのだ。そして、僕が東京の本社に出張で帰るときに、久しぶりに会うことになった。そこでいろんな話をした。昔話もしたし、彼女の苦しい状況の話もたくさん聴いた。僕には縁もゆかりもない業界の話なので、アドバイスなどできるはずもなく、ただ彼女の話を聴いているだけだった。ひとしきり話をした後で、場所を変えようということになった。二人で渋谷の街を歩きながら、彼女がふと、こんな質問をしたんだ。

「ねえ、仕事、楽しい?」

このシンプルな質問に対して、僕はこんなふうに答えたんだ。

「楽しい仕事もあるし、そうでない仕事もある。でも、仕事ってそんなもんじゃないのかなあ。」

それに対して、彼女は「ふーん。。」と言ったきり黙ってしまった。僕の言葉は、彼女の心に届いていないのは明白だった。仕事のことで行き詰まっている彼女に、こんな言葉が届くはずがなかった。そして、僕はこの時に気がついてしまったのだ。この言葉は、僕がずっと、自分の心をごまかすために自分に言い聞かせていた言葉だということに。この言葉の白々しさに。彼女の心にも自分の心にも届かない。どこにも良き場がなくふわふわと宙を漂っているように感じた。

僕は、本当はこう言いたかったのだ。
「仕事、大好きだよ。楽しくて仕方がない!」って。
心の底から、そういう言葉が出てくるような生き方がしたいと強く感じた。でも、僕は自分の心に嘘をついていることに気がついてしまったのだ。本当は、「楽しくて仕方がないと思いながら仕事をしたい。」と思っているのに、仕事って楽しい事ばかりじゃないよね、って、自分に言い聞かせなければいけないような状況にいるんだっていう事に。

 その日から僕は、自分の人生について深く考えるようになった。いったいなぜ僕は、この仕事をしているのだろうか。どうして僕は、ここにいるのだろうか。ここに居たいと願ったわけではないのに、どうしてこんなことになったのだろうかと。

ミイラ取りがミイラになった?

 彼女の仕事の悩みを聴いて元気づけようと思っていたのに、自分の仕事に対する、人生に対する嘘と対峙することになってしまった。

ミイラ取りがミイラになったような感じだ。

 確かに、自分の人生が苦しいと思ったこともあったし、仕事に対して違和感もあった。でも、ごまかしていたんだよね。そのことに気づくきっかけとなったのがこの質問なのだ。

 ここから、僕の人生に対する探究が始まったのだ。

(つづく)


自分がうつ状態に陥って、そこから這い上がってくる過程で考えたことなどを書いています。自分の思考を記録しておくことと、同じような苦しみを抱えている人の参考になればうれしいです。フォローとスキと、できればサポートをよろしくお願いします!