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「デジタルヒッピー」化する世界(1)ー危機の時代は「人間」の時代になるー

アフターコロナを考える際に、これまで人類が体験してきた「普通や当然が覆された時代」に目を向ける必要があるように思います。

自分たちの信じてきたもの、過信してきたものが、破壊されたり奪われたりした時、先人等は何を考え、どう行動してきたのか?

例えば1968年。
世界中が変革と停滞の狭間に混迷を深めた歴史的1年でした。ベトナム軍によるテト攻勢。キング牧師暗殺。5月には日本やパリで反体制学生運動が勃発。プラハの春。ケネディ暗殺。

同じ年に、『Whole Earth Catalog』 という「世界を変えた」と名高い雑誌が発行されました。

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68年の学生運動や革命はその多くが敗退しました。
「世界を変えた」雑誌でさえも、10年足らずで廃刊になってしまいました。

彼らは何も変えることが出来なかったのでしょうか?
Whole Earth Catalog は時代の紙屑になって、遠く忘れ去られてしまったのでしょうか?

勿論そうとも言えるでしょう。
そうだとすれば、50年前に彼らが立ち向かった/反抗した「何か」は、そのまま残されていることを意味します。

2020年。
人類は2つの危機に直面しました。
1つは「新型コロナ」という病。もう1つはコロナを通して浮かび上がった「社会の病」です。
アフターコロナ/ニューノーマルという言葉は社会の断絶ばかり強調しますが、「きっかけ」と「原因」を混同してはなりません。コロナは大きな変化の1つのきっかけです。

「何か」を解決しないまま歩みを進めてきた私たちは、再び50年前と同じ袋小路に追い込まれているように思います。

この記事では、
vol.1「危機の時代は、人間の時代である」
vol.2「ヒッピーカルチャーと現在の接合点」
vol.3「デジタルヒッピーが作り出す未来」
という3回を通して、危機の時代に人間が直面した「何か」の正体を捉え、彼らの残した問いとどう向き合うべきかを考えていくことで、新しいアフターコロナ論を構築していきたいとお

vol.1では、これまでの「危機の時代」にどんなことが考えられてきたか、vol.2では、その中でも60年代のヒッピーカルチャーに的を絞り、現在とヒッピーカルチャーの対比を行い、
vol.3では、デジタルヒッピーによりどのような未来がもたらされていくか?
が描かれるイメージです。

デジタルヒッピーという言葉が適切なのかまだ分かりませんが、この3回を総括していく概念になります。


危機の時代①ー60年代とヒッピー

そもそもヒッピーとはどのような概念なのでしょう。

ヒッピー(英: Hippie, Hippy)は、1960年代後半にアメリカ合衆国に登場した、既成社会の伝統、制度など、それ以前の保守的な男性優位の価値観を否定するカウンターカルチャー (en:Counterculture) の一翼を担った人々、およびそのムーブメント。 出典:Wikipedia

ヒッピーとは、カウンターカルチャーに位置付けられるムーブメント或いはそれを担った人々だとわかります。
カウンターとは、反抗。つまり既存の価値観やあり方への大規模な反抗であったことが分かります。

無論、理由なき反抗はあり得ません。

ヒッピーカルチャー自体は「ビート」という名で50年代から存在しました。しかしそれがアメリカ中を巻き込む巨大なムーブメントへと拡大したのは、ベトナム戦争という巨大なきっかけがあったからです。

戦勝国・覇権国アメリカが、社会主義を掲げる小国ベトナムに負ける訳がない、戦争などすぐ終わるという思い込み
を破壊したのがベトナム軍の「テト攻勢」で、以降若者の多くは徴兵を逃れ、反戦を謳うようになりました。
米軍は最終的に和平交渉という敗北の砂を掴まさせられることになります。


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『サイゴンでの処刑』
出典:https://jp.sputniknews.com/life/201802024532008/


60年代は、世界各国と、その覇権国たるアメリカが、様々な「危機」を前に混乱を深めた時代でありました。
キューバ危機による全世界的核戦争への恐怖の高まり(62)や、ケネディ暗殺(63)、モンゴメリー・バス・ボイコット(55)に端を発する公民権運動の高まりとキング牧師の暗殺(68)、ヘミングウェイやマリリンモンローの自殺(他殺?)など、この時代に見られた混乱を数え始めるときりがありません。

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出典:https://harlem2nippon.com/2013/08/28/50th-anniversary-of-the-march-on-washington/

危機に直面して新しいあり方を模索するー社会運動


様々な「危機」を前に若者はどうしたのでしょう?

自分たちで0から考え直し始めました。

つまり、若者たちは自分が与えられてきたもの、当然視してきたものへ不信感を抱き、新しいあり方を模索していくことになりました。

1つのやり方として「社会運動」が展開されました。
ベトナム反戦運動、公民権運動、反核運動、学生運動、フェミニズム運動、環境保護運動...数え始めるとキリがありません。
これらは文字通り「反抗/カウンター」を直接表現し、極端な場合は、武力抗争によって政府の転覆を試みるものでした。

今年公開された映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」の舞台は1969年。学生運動が崩壊する直前の、爛熟した気配を感じることが出来ます。
この時代は、「今あるもの=資本主義」への対するものとして「社会主義=ユートピア」が効力を持っていました。
各国の学生が社会主義を夢見たのも、こういった背景あってのことです。

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出典:https://eiga.com/news/20200108/3/

現在、このような「武力革命」は不可能でしょうし、そもそも望まれてもいないでしょう。
個人的には、新しい「運動」のあり方を考えることは、新しい「革命」を考えることに直結するのではないかと思います。

危機に直面して新しいあり方を模索するー価値観の見直し

もう1つの方向性として、ライフスタイルやカルチャー、価値観の問い直しが始まりました。これは外的なデモ/反抗と対比して、「ドロップアウト」の要素が強く現れていると言えるでしょう。

例えばヒッピーというライフスタイルには、消費社会への嫌悪感からくる「共有」「DIY」の発想や、近代的家族制度に反抗するフリーセックス、LSDや大麻によるドラッグカルチャーなど、様々な価値観が包含されていました。

これらの価値観は、文化として様々な領域へと昇華されていきます。
音楽ならロックやフリージャズ、映画ならヌーヴェルバーグや、サイケデリック絵画など、様々な領域に新しいジャンルが登場し、相互に影響を与え合いました。
長髪やジーンズ、ミニスカートが一般化したのも、この時代です。

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上:https://kakereco.com/magazine/?p=24211
下:https://www.filmaffinity.com/ca/film336467.html

以上のような60年代の革命的状況に貢献した、メディアの影響力を見逃すことはできません。

これまで知られていなかった戦争やデモの様子がテレビを通して家庭に届けられるようになったことは強力な効果を発揮しました。また、FMラジオがロックを発信し、映画を通して新しい価値観が波及していったように、マス・メディアは革命媒体としての機能するようになりました。

危機の時代②ーWW1とシュルレアリスムー


第一次世界大戦の惨禍も、60年代のような価値の見直し/カウンターカルチャーを生み出しました。
大戦中に出版されたシュペングラーの『西洋の没落』は、全ヨーロッパに異常な衝撃を与えました。

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「理性」を信奉し、利権を拡大し続けたヨーロッパが第一次世界対戦で焼け野原となった際に描かれた1冊で、非常に悲観的な筆致で描かれているのが特徴です。

しかしここではむしろ、シュルレアリスム運動を挙げたいと思います。
人間の「狂気」「非理性的なもの」に注目し、現実と対立する「超現実」の存在を主張する彼らの運動は、もとを辿れば明らかに第一次世界大戦の反動として誕生したものです。(実際にブルトンは医師として負傷兵の精神的治療に当たっています)

彼らの運動はオートマティスムという詩作に始まりましたが、次第に社会主義と共鳴し、武力闘争を辞さないような過激な一面を見せました。
社会運動と価値観の問い直しが行われるという点で、60年代との共通点を感じます。
シュルレアリスムもヒッピーと同じように「性の開放」「キリスト教的価値観の破壊」を掲げていたというのも、奇妙な一致です。

その一方で、シュルレアリスト等はどこまでいっても芸術家でした。
既存のあり方に疑問を掲げ、人間とその欲望に真に向き合おうとした運動と総括できるでしょう。

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サルバドール・ダリ「超立方体的人体(磔刑)」
出典:https://www.artpedia.asia/dali-corpus-hypercubus/

彼らの運動はアンドレ・ブルトンの死によって衰退していきますが、それまでの芸術/文学のあり方を0から問い直し、現代アートに繋がる分水嶺となったのでした。

まとめ:コロナ以後、世界は「人間」に直面する

見てきましたように、これまでの「普通」が揺さぶられるような危機の時代に、人類は新しい価値観と向き合ってきました。
日本に限っても、第二次世界大戦の後に坂口安吾の「堕落論」が一世を風靡したことが思い出されるでしょう。

そして社会を変えようとする力は、社会運動による/政治的なユートピアの建設という方向性と、個人的な/文化的なユートピアの建設という2つの方向があることが分かりました。

しかし、元を辿れば、両者は同じ。
彼らが見ていたものは「自分」であり「人間」です。
大衆/社会/国家の暴走の行き着く末に「人間」を問い直す思想が頭をもたげ、様々な表現や文化、運動が生まれてきたのです。

今回のコロナは一見「天災」の要素が強いと言えるでしょう。
しかし、コロナをきっかけとしてこれまでの社会の歪みや当然視されてきたものが大きく変わろうとしています。
イギリスでBLM(Black Lives Matter)運動が活発化したのも、コロナ下で労働を強いられていたベリー・ムジンカさんの死がきっかけでした。

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出典:https://note.com/tbsnews/n/ncf2b224cc4c6

日本において、社会運動による革命を考えるのは難しいです。
しかし、コロナを通して「マス」や「会社」から距離をとって、自分の家族や仕事、人生、つまり「自分/人間」と向き合うことになりました。

これからは、個々人が自分の生きたいように生き、必要に応じて周囲と直接的に、かつゆるくつながっていくというあり方がこれから広がっていくでしょう。

その中で、個人と個人が、社会と個人が、地球と個人が、どのような関係性を持つべきか?がこれまでより一層重要な問いとなっていきます。

つまり、人間のあり方やつながりを考える上で、ヒッピーが残した課題を考えることが、現在やこれからを考える一つの近道ではないかというのが今回の主張になります。

60年代はマス・メディアが革命媒体となり、大衆運動が活発になりました。
現在はスマートフォンにより個人の力が一層高まり、集団とも、個人とも直接つながれるようになりました。

次回は「Whole Earth Catalogとその現在」で、ヒッピーの考えてきた「ゆるやかなつながり」の実現可能性がテクノロジーによっていかに高まっているか、という話をしたいと思います。

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