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35歳になっても自分のことがわからない

自分のことっていつまで経っても分からない。

意志がないわけではなく、
自分はこれが好きで大切、
こういうことが苦手とか
日々感じてはいるけれど、
そういうことの整理整頓とか棚卸しが
頭の中だけでは間に合わないという感覚なのかな。

30歳の時、
自分の人生のバイブルとして好きなものを
「今の感覚」で味わいなおして
なんで好きか、どこが好きかを文章にして
記録するという遊びを思いついて
インスタグラムに投稿していた。
好きなものを通してその時の自分のことを分かったような気がするし、
好きなものについて考える時間を作りだすことや、
それに関して私のことをよく知る友達や
全く知らずに見て興味を持ってくださる方が
コメントで共感してくれたり
自分の気持ちを述べてくれることが楽しく、
お互いの理解を深める心地よさもあり
我ながらいい遊びだなーと思っていた。

しかし、私は続けることが苦手であり、
「すごく趣味が似ていて自分の投稿かと思った!」と
コメントくださる方がいてお互いフォローをしたことによる達成感や、
ある程度好きなものを文章にしたためる
表現欲みたいなものが満たされて、
投稿は30枚にも満たず
ほったらかしアカウントとなった。

ここ半年くらい、
自分の人生で予想外なことが起こって、
きっと自分の中で無意識に必死に頑張っていたのか
疲れて元気がなくなってしまって
人生の舵取りがうまくできないなーという期間に突入していた。
こっちの道を進めば
自分の望んでいるものがあるかもしれない。
でも道は険しいかもしれない。
今の自分に険しい道を進んでいくパワーが足りてない、みたいな気持ちに陥っていた。

そんな時、
どうやってパワーチャージをしようかと
あれこれ自分なりに試行錯誤して
しっくりきたのがエッセイを読むということ。

昔からエッセイを読むのが好きで、
さくらももこさんから始まり
好きなアーティスト、俳優、お笑い芸人など
いろいろな職業の方のエッセイを読んで
その人の人柄や思考を知ることで
考え方の幅が広がるのが好きだった。

最近読んだのはジェーン・スーさんの
「おつかれ、今日の私。」というエッセイだ。
日々の言葉にできないモヤモヤした気持ちを
言語化して昇華してくれるような
癒しのエッセイで、
こういう言葉のパワーに触れた時に
私はとても元気をもらえるんだなと実感できた。

私の文章で誰かを元気付けたい!
みたいな大それた夢はないけれど、
なんとなく日々感じることや
言葉にして残したい思考を綴って
noteでエッセイとして書いていくのは
楽しみながら自分の整理整頓につながるのかなぁと。
まだ続くかどうか半信半疑だけど、
こんな見切り発車で始めてみようと思う。




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