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-制作のながれ⑫- 胡粉塗り

さぁ胡粉。


貝殻胡粉を使っていきましょう。

「胡粉ってなんぞや」気になる方は長文承知で前回投稿をお読みください。


もうメンド…テンポを悪くするので
ここから先は「胡粉」=「貝殻胡粉」という前提で参ります。



さて、今回の制作で使用したのはこちら。
白鷺胡粉しらさぎごふん」です。

七彩画房で購入の「白鷺胡粉」


あれだけ「ナカガワ胡粉」と「上羽絵惣」を2大メーカーと言っていた割に
今回使用はホルベインさんの白鷺胡粉。

「日本画の描き方」系の本ではあまり出てこないかなぁと思います。
今はなき京都の画材小売店「七彩画房」さんで学生時に購入したもの。
他の胡粉との差別化を図るためか
『百叩きの必要がないほど超微粒子の胡粉』
として販売されています。


胡粉の箱売りは中を開けると、ビニール袋に胡粉片が入っています。
テープ上から蓋の隙間にカッターの刃を差し込んで、1辺だけ残して開封するのが好きです。


そもそも「百叩きひゃくたたき」の話からしないと
白鷺胡粉の売りどころがわかりづらいと思うのですが

濁さず言いましょう、

胡粉って面倒な工程を踏む顔料なのです。


面倒な顔料代表・GOHUN


◆百叩き

日本画の顔料は膠液を①からめ・②練り合わせ・③溶きおろして使います。
以前に紹介の「水干絵具」と同じで、胡粉もこの工程を踏みます。

けれども胡粉はその工程を、より綿密に執拗に行います。

①空ずり
②膠液をからめる
③練り込む
④百叩きする
⑤溶きおろす

この「百叩き」が胡粉を胡粉たらしめる特有の工程です。

岩絵具とは異なり、胡粉は炭酸カルシウム由来の顔料で
水分をよく含む(かつ、よく吐き出す)細かな粒子。

そんな粉に膠をよくよく練り合わさないで塗ってしまうと
胡粉どうしのつなぎが弱くなったり、画面への接着が保てず、
湿度の変化や基底材の膨張具合などで剥落してしまいます。
(ツナギの悪い麺やクッキー生地やハンバーグなどをご想像ください)

そこで膠を充分に練り込んだ胡粉を

パンや麺や肉団子よろしく一心不乱に叩きつけ


空気を抜き、粒子間の隙間に膠液を浸透させて、絡みをより強固にする。
これを「百叩き」という。

ハンバーグを作るために百回叩きつける御仁はあまりいらっしゃらぬと思いますが(小麦粉はグルテン、肉には脂という滲み出るツナギがある)
胡粉に関しては百回が誇張ではなく、まぁまぁ回数を重ねます。

膠液が充分に練り合わせられていれば、
叩いているうちに表面にツヤが出てきますのでそれが叩き終わりの合図。

練り合わせが不充分であると百叩きの最中に胡粉団子は乾き、
ひび割れ、カチコチになり、ボロボロでダマダマなものになります。

これがなかなかに難しい。

というのが「百叩き」の理屈・理由として知られていますが
「なぜやるのか」「やらないとだめなのか」という話が実はあります。
そこは別途掘り下げて書きたいと思っていますので、今は割愛。


そんな胡粉ですので、「日本画の技法書」を開いたら
もうどこもかしこも「重要かつデリケート」なもの扱い。

いささかの反論もございません。

私も正直「胡粉の使い方バッチリです!」と明言できるか。
否、できない。


そう、いささか個人研究の域に入っちゃってる画材ですので
細かな部分でいうと色んなやり方があります。

どのぐらいやり方があるのか。

「日本画の技法書でオススメは?」と聞かれたら間髪入れずに

『日本画 画材と技法の秘伝集』小川幸治 編著
(もうそれだけ持っていれば良いぐらいの良書)と答えますが


その本で紹介される「胡粉を溶く方法」が15種あるんですね。

15種。


それに加え胡粉自体のグレードがメーカーごとに3~5種あり、
ポコポコ盛り上げることのできる「置き上げ胡粉の法」や、
さらさら描けちゃう「方止め胡粉の法」なんかがあるので。

こだわりたければどこまでもこだわれる、

「日本画」の醍醐味感満載の顔料です。



話が長くなりました。

さて、

今回の絵では、お月さん部分に塗りたいなぁと思っています。

まだ墨紙の上になんにもしてない状態のお月さんたち


このお月さんの下塗りに胡粉を引いて、白くした後
淡い色の重ねで緑味がかった灰色を入れたいなぁと。


◆胡粉を溶く

白鷺胡粉は「百叩き」が必要のないほど微粒子というのが売り文句です。

だけれどまぁ無視しまして
空ずりからやっていきます。

乳鉢に必要分を入れ、乳棒ですります。
うたい文句通りに細かな粒子なのですが、確認がてらすっていきます。
今回「白鷺胡粉」を採用したのは、他の胡粉に比べてさらっとした白だと思っているからです。


板流しそのままのフレーク状ではないので、空ずり労力は少なく済みます。
空ずりの目安は乳棒ですっている最中にフワッフワ舞うようになるくらいのパウダー状。板片から始めるとまぁ大変。

学生時分に一度はとことんすってやりたい!と意気込んで
4時間程すり続けたことがありました。疲れました。
業務用の胡粉(10kg単位くらい)はすでに胡粉製作所でパウダー状にひいてあるものがあり、社寺塗装ではそれを使っているわけなので
最早空ずりは人の手でなくて良いのだろうと思っています。

すり終えたら絵皿にあけます。
そこに膠液を少しずつ投入。

粉の中央をくぼませて、すこーしずつ入れます。

このあたり、料理の工程と非常に相通ずるものがあります。
ダマにならないよう、少しずつ液体を加えゆっくりまとめあげていきます。

ほろほろにしていく。
料理と異なる点は、あんまりゆっくりやると膠で固まってボロボロになるあたりでしょうか。


すこーしづつ加えてまとめあげていく。


ほろほろからペースト状にしていきます。
ベチャベチャにしてしまうと大変ですが、かと言って少ないとよろしくないので
そのあたりを見極めつつ、加えるのは少しずつ、なところがポイントです。


これはいきすぎたか…と思うくらいでよくよく練り合わせると
粘りの強いペーストになります。


このくらいだろう、というあたりで綺麗にまとめて胡粉団子にします。
「耳たぶくらいの柔らかさ」とよく言われますが、ふにふにできるようならいい感じ。


ふにふに。
ひび割れなく、押さえると柔らかな皺ができる感じです。
絵皿についていた細かな胡粉は、カピカピになっていなければ胡粉団子に吸収させます。
カピカピが出来ていたら胡粉団子をよけて、一度絵皿を洗います。


このまとめ加減が結構難しく、私も加える膠量が年々増加傾向です。
今まで「このぐらいだろう」と思っていたのが
よくよく練っていくと「まだ入る」「まだ練り込める」んですね。

百叩きをしない方法もあって、
乳鉢の中で乳棒を使ってペースト状から液体にまで練り上げていきます。
社寺塗装のように大量に胡粉を溶く際はそうした方法をとることが多く、
その場合には「粉:液=1:1.2」のように、あらかじめ顔料と膠液を重量比で定めたりします。


胡粉団子ができたら溶きおろします。

絵皿のへりにぎゅぎゅっと押し付けて、膠液を加えながら
ゆるゆると溶きおろします。


あまりうまくないのでこんな風に絵皿全面にひろがってしまいますが
とにかくゆるゆる溶きおろします。


「膠液でどこまで溶くか」もポイントの一つ。
私は薄く使うときでも、ギリギリ筆で扱える粘度になるまでは膠液で溶いて、
あとは使用分を別皿にとり水で使い良いように薄めます。


こうして出来た胡粉を塗っていきます。

お月さんの中に水を引きまして

ムラにならないように水を先に引いておきます
(※胡粉時の画像がなかったので別作業時の画像を拝借)


いい塩梅に濃度調整した胡粉を、刷毛で引きます。
均一に真っ白にしたいわけではないので、まずは外側に引いてぼかします。


じゃん。

胡粉1回目
全体に塗らず、外側に1回かけて内へぼかします


流石に胡粉を引いている最中に写真は撮れずで
いきなり「はい、塗ったよ」な感じですみません。

それが完全に乾ききったら2回目。

じゃん。

胡粉2回目
1回目が乾いたのちに全体へ引きます


けっこう真っ白。


いつも思うのですが

塗るのは一瞬。


いつものことすぎて言っても仕方ないのですが、改めて書き出してみると
「描き作業」ではなく「絵具溶き作業」の説明になるしかないですなぁ…
このあたりも料理と通ずる。


◆ついで作業

胡粉を引いて消えてしまった草を起こしていきます。
こういうのはつどつど描き起こしておいた方が良いなと思うタイプ。

草は前回に岩絵具で描いていますので起こしも岩絵具でやっていきます。

吉祥No.378の岩鼠いわねず(二)11番と
エビスヤ画材で購入の岩黒群青Mの10番(ナカガワ胡粉さんの岩絵具)

違う色を使った後の絵皿ですが、まぁこのぐらいは気にしない。

これを混色しまして

絵皿で練り合わせながら混ぜます。
胡粉や墨や水干絵具と比べると、岩絵具は溶くのが非常に楽です。
混ぜると言っても液体ではないので、粒と粒が入り混じった状態で塗る、という感じ。

この岩絵具を筆ですくうようにして、せっせと草を描き起こしていきます。

岩絵具用にしている愛用の面相筆。
使い古して毛先が摩耗したやつです。
ピンピンしてるとうまくすくえないので、硬めの毛のちびてきたヤツが良い感じ。


せっせと起こしたら、草がお月さんの前に出てきてくれます。

この起こし作業は今後も何度か繰り返されるので、
毎回強く起こしきってしまうと、どんどん絵具の厚みがついたり、他と調子が合わなくなります。
最終の描き込みまでは、形がわかる状態を維持していくイメージで起こし作業をします。


ここまでの流れでだいたい5~6時間くらいです。

胡粉練り・溶きに2時間くらい。
2個お月さん塗るのに20~30分。
乾き待ちが2時間くらい。
またお月さん塗るのに20~30分。
草起こすのに30分。


塗る時間よりも長く練り、
また、塗るよりも体力を消耗してこしらえた胡粉は

私の中では墨とはまた違ったかけがえのなさがありまして。


墨は手間暇かかるプラス、そもそもが単純に高級品である。
胡粉は安価であるが

練っている間に愛憎まで入り混じるくらい面倒な顔料。


そんな胡粉が余ると使い切らずにはいられない。

よって今回はしゃばーくして草原にポワポワぼかしいれてみました。

モッタイナイ精神がかきたてられた結果の胡粉の使い道


こういうこと、絶対やらない人はやらないですね。
きちんと計算して色をはめこんでいくスタイルも憧れます。

私は「ヒンシュク買うだろうなぁ」と思いながら、でもやっちゃう。

「絵具余ったからやっちゃえ」って、デジタルでもあるのでしょうか。
非常に気になる。
今回の胡粉、勢いの割に意外と良い感じになったので良かったです。


ではビフォーアフター。

Before  胡粉塗り前

↓↓↓


After 胡粉塗り後(草と岩山も下塗り済み)


おぉ、お月さん白くなりましたねー。
草原もしっとりです。
形が出て最初の下塗りの色が見えなくなってくると進んだ感があります。
今回は劇的ビフォーアフターみたいにできて良かったです。




良かったのか何なのか、

5000字近くなりました。


でもまだ胡粉のことで書き足りていないので
次回も胡粉についてモグモグ書いているような気がします。

制作のながれとしては、次の工程でお月さんの背景に墨を塗りますね。
墨の話はだいぶ前に書いたので、
あっさり制作の話に終始できたらいいなぁと思っていますがハテサテ…

ご興味のある方は、どうぞどうぞお楽しみに。

それでは最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
また次回の投稿で。






おまけ

「胡粉まとめた後」のボツ画像
期せずしてピースサインをしてしまったの図

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