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【1/100】あの宇宙兄弟は、

ふいに、あの宇宙兄弟を思い出した。ただの宇宙兄弟ではない。「あの」宇宙兄弟だ。

初めてのアルバイト先は、本も取り扱ってるレンタル店。そこで出会った漫画好きの先輩が「おもしろいよ」と貸してくれたのが、小山宙哉先生の『宇宙兄弟』だった。読み終えるやいなや、当時の最新刊まで大人買いした。もちろん、バイト先で。にやにやしながらレジ打ちしてくれた先輩の顔を思い出す。

しばらくして、母が入院した。乳がん、再発。病室でわたしは母に言葉をかけた。なんて言ったのか思い出せない。でも『宇宙兄弟』のセリフを引用した記憶はある。母は「良い言葉だね」とノートに書き記した。「『宇宙兄弟』って漫画のセリフ」と言うと「読みたい!」と漫画好きの母は目を輝かせた。

『宇宙兄弟』を詰め込んだスーツケースを転がしながら、電車に乗り込む。東京から茨城へ。1時間ちょっとの旅。こんにちは、ムスメ宅急便です。宇宙兄弟をお届けにあがりました。病室に数冊、残りは実家に置いて東京に戻る。

パートナーも宇宙兄弟好きだった。もちろん新刊までしっかり揃えていた。一家に一冊、宇宙兄弟。わたしの宇宙兄弟はしばらく実家に置くことにした。

母は宇宙兄弟に夢中になった。漫画はもちろん、アニメも。何度も何度も、読んだり見返したりしていた。限定版の特典だったAPOのぬいぐるみ。母がとても気に入ってしまったので譲ってあげた。「11巻から20巻まて持ってきて」。時折、病室にある宇宙兄弟を入れ替えながら、母と宇宙兄弟の話に花を咲かせた。

数年が経ち、ムッちゃんが宇宙に旅立つ直前に、母自身が旅立ってしまった。旅のお供は、APOに任せた。

手元に戻ってきたわたしの宇宙兄弟。どうしたものか。家には既にパートナーの宇宙兄弟がある。一家に二冊、宇宙兄弟。悩んだ結果、お世話になった看護師さんに相談して、母が入院していた緩和ケア病棟に寄付した。病棟にあった本棚には、気持ち程度の本たち。しかも、不思議なラインナップ。母の心を照らした宇宙兄弟が、誰かの心を照らしますようにと病棟の片隅に置いてもらった。

あの宇宙兄弟は、今どうしているだろうか。願わくば誰かがあの続きを買っていてくれていたらと思う。

今夜は宇宙兄弟を読もう。
わたしの宇宙兄弟だったものを思い出しながら、

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