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叛逆の物理学徒たち

「ハァ、はぁ

やり過ぎたかな…………

ケシ炭になっちまった。」

後に残ったのはあちこち焼け焦げてひん曲がった鉄塔と、

墜落してきた死体だけだった。

疲れ果てた岩砕は鉄塔から降りて、

死体を確認しようと歩み寄る。

「ん?

コっ……………………

こいつは…………ッ!」

だがそこにいたのは想定外の人物だった。

「あのときの!

パラシュート男!?

ッて…………事は、

つまり――――」

そこまで言いかけた時、

最後まで言い終わらない内に背後から影が忍び寄る。

「透磁率 μ《ミュー》

1.25663753 ×0.000001!!」

罠だったのか。

ちょうど鉄塔上部に引っ掛かったまんまになっていたパラシュート男を身代わりにして、

変わり身で逃れたということだったのか! 

なんて非道い奴だ!!

「ぎえェぇエエえええええええええええええええええええええええええええエっッ!!?」

前に岩砕がやったようにここら一帯には、

たっぷりと電線を張り巡らせた罠が仕掛けてあった。

それをアルベルトは利用して透磁率μの値を用いた磁場で操る。

「ワ~っ!!

離せコラ!」

グルグル巻きのがんじがらめになる岩砕。

そのままさっきの鉄塔へと吊るされて磔にされる。

「とんだじゃじゃ馬だな、

こうも捕獲に苦労させられるとは…………」

そこに現れたのは無傷のアルベルトだった。

「途中までは良かったのに

暗号化もせず、生の大声で手持の「定数」を叫ぶヤツがあるか?

空間の誘電率εと透磁率μの

組み合わせが光の伝播する速度、

すなわち「光速」だから

一方がわかれば逆算できるんだよ。」

しまった!

言われてみればその通りだが、

まさかあんなの暗算できる輩がこの世にいたなんて⁉︎

光速度の値に加えて、俺の誘電率ε。

おまけに師匠の所有する透磁率μまで知られてしまった‼︎

俺だって透磁率μはまだ完全に使いこなせていないのに、

この一瞬で計算してしまうなんてどういう奴だ。

だからその値を使って瞬時に俺の作った鉄塔磁界の結界から脱出する事が出来たのか‼︎⁉︎

それにどうやらこの「定数」ってヤツはかつての魔法で言うところの「言霊」や名前のようなモンであって他人に知られた途端に支配されてしまう危険なものらしいことは初めて思い知った。。

「おーっ、アルベルト

そっちやっと終わったのか?

なんだその格好は?

あちこち煤だらけだぞ。

たかが、ガキ一匹捕らえるのになんてザマだ。」

さらに向こうから倒れたオリバーを担いでやって来たのはプランクだった。

自分のことは棚に上げてアルベルトに説教まで始める。

まさか師匠まで負けてしまったなんて、コイツらどんな化け物だ。

そもそも元はただ机に向かっているだけの学者サマが何故いきなりこんな修行してた自分たちよりも強い力を持つようになったのか、

岩砕にはさっぱり理解出来なかった。

ただただ悔しさだけが残る。

「アナタこそお爺ちゃん一人に手こずってるのに言われたかないですよ。

服ビリビリのどこが紳士だ。」

呆れたアルベルトが嫌味を込めて返す。

「まぁそう言うな、

こう見えてもこのヘビサイドさんは

古典電磁気学マスターだぞ、一筋縄でいくか。」

そんなこんなでこの二人が皮肉合戦をしていると、

もう数人の新しい影が戦いの終わった頃合いを見計らって近付いてきていた。

「生け捕りに成功したかの? 

二人とも、」

声を発したのは車椅子に乗ったお爺ちゃんだった。

オリバーよりもさらに高齢のようなヨボヨボだ。

だがどこか眼差しはいまだ威厳を持っていて、

頭にシルクハットを被り、紳士服に身を包んだその姿は

何か偉い人らしかった。

「ハッ!? その声は?!

ケルヴィン卿!!⁉︎

貴方様までいらしたのですか!?

その容態でわざわざこの地まで⁉︎」

プランクは突然に現れたその重要人物に辟易していた。

どうやらこれは予定になかったことらしい、

どうせコイツも腹の底では早よくたばれ上司のジジイとかでも思ってんだろう。

予定外のその行動に迷惑そうにしているのが態度の裏に見え見えである。

「大丈夫じゃ、旅行ついでに静養もよい。」

そのケルヴィン卿と呼ばれる車椅子の老人が答える。

それにしても全然、大丈夫そうに見えないぞコイツ。

今にも逝っちまいそうなジジイだ。

「お久し振りです

アルベルト・アインシュタインさん。

私が開発した

”マイケルソン干渉計《ヴァイオリン》”の

具合はどうですか?」

さっきから車椅子を押していた後ろの奴が声を発した。

どうやらアルベルトと知り合いではあるらしい。

「ええ…、

すこぶる調子いいッスよ…。」

このチョビ髭のアメリカ人はあのバイオリン型ボーガンの発明者らしい、

少しまだ若いが、いかにも熟練職人風のいでたちをしてる。

「それは良かった!

またいつでも調律しに来てくださいね!

自分ももっと精度を上げていずれはきっと

「エーテル」検出に成功し、

未知のエーテル・パワーを手に入れてみせますよ。」

どうもアルベルトはこのマイケルソンという人物が苦手なようで、

さっきから受け答えはしていてもこの人と目を合わせようとしない。

なんというかさっきのイタい発言といい、

実験家のそのナイーブな純粋さがアルベルトには少し苦手なようだ。

「…………………………………………………」

とりあえず岩砕はグルグル巻きで拘束されたまま鉄塔から降ろされて、

気を失って倒れている師匠と共に並べられた。

「英・《イギリス》米・《アメリカ》独・《ドイツ》仏・《フランス》

伊・《イタリア》印・《インド》露・《ロシア》日、《にほん》

世界各国の物理学者たちが

この地に集まりつつある。

特殊な磁場や豊富な鉱山資源をもつ

この国は巨大な実験場へとなるのだ!

それこそが我が古典会“プリンキピア”のTeXTL<テフタイル>計画!!!!」

一体、そのご老体のどこからそんな大きな声を出せるのかと思うくらい。

ペラペラと自慢のように語り出すケルヴィン卿。

「ククク…………………いい流れじゃ、

万物理論の完成は近い!

まだ、二つの暗雲である。

「エネルギー等分配」と

「エーテルの発見」の問題が

残っているが…………………

そんなものはまもなく開催される、

我が友人のネルンスト君が

主催のリハーサル会―――――――――

”第0回ソルベー会議”

によって解決されるであろう!!」

その元老のありがたい予言のお言葉に一瞬、プランクやアルベルトがいかにも何か言いたげに反応したのが見えた。

物理学者たちの派閥や勢力図は知らねぇが、どうやら一枚岩ってワケでも無さそうだ。

「その為にもまずは貴様にこの国の

傀儡政権の樹立に協力してもらうぞい!」

捕まって連れて来られた岩砕に向き直るケルヴィン卿。

「なぁ、

そうじゃろう?

”清国の皇子”よ…………………………………………………………」





第二章へ続くッ!!