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日本とポートランドのエリアリノベーション|馬場正尊×山崎満広|【イベントログ】

2016年5月に蔦屋書店代官山店にて開催された『エリアリノベーション』と『ポートランド』のW出版記念イベントでの、両著者・馬場正尊さんと山崎満広さんによるクロストークのログです。日本の地方都市とポートランド、それぞれの変化のメカニズム、あるいは制度や仕組みづくりの工夫に、どんな共通点や相違点があるのでしょうか。

馬場正尊(写真右)
Open A代表/東京R不動産ディレクター/東北芸術工科大学教授。
1968年生まれ。早稲田大学大学院建築学科修了後、博報堂入社。2003年建築設計事務所Open Aを設立し、建築設計、都市計画まで幅広く手がけ、ウェブサイト「東京R不動産」を共同運営する。近作に「佐賀市柳町歴史地区再生プロジェクト」「道頓堀角座」「雨読庵」「観月橋団地再生計画」など。近著に『エリアリノベーション 変化の構造とローカライズ』『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』など。
※編集部注:所属等、略歴はイベント当時
山崎満広(同左)
ポートランド市開発局 国際事業開発オフィサー。
1975年生まれ。95年渡米。南ミシシッピ大学大学院修了。経済開発機関等へ勤務し、企業誘致、貿易開発や都市計画を現場で学ぶ。2012年3月ポートランド市開発局に入局。ポートランド都市圏企業の輸出開発支援とアメリカ内外からポートランドへの企業・投資誘致を担当。「We Build Green Cities」のリーダーとして海外のデベロッパーや自治体のまちづくりを支援している。著書に『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』。
※編集部注:所属等、略歴はイベント当時

かっこいい街とは?

――馬場さんから街の「かっこいい変化」という表現が出てきましたが、かっこいい街とはどういうものですか?

馬場 職業柄、日本中の街を回りますが、歩いてぐっときたり、テンションが上がる街というのは、まちなかにある看板一つとっても洒落ていて、店に入ると気の利いたフライヤーがずらっと並んでいたりします。6つの街にもエリアマップやイベントのフライヤー、冊子などかっこいいグラフィックがあふれていました。

 これまでまちづくりのプランニングの中で「グラフィック」という概念はほとんど語られてこなかった。でも実は、街の変化を最もスピード感をもって牽引して表現できるのは、グラフィックなんですよね。建築は完成まで時間がかかりすぎるから。

 そもそも日本のまちづくりにはグラフィックデザインがなさすぎるのですが、ポートランドやアメリカでは組織の中にその街のかっこよさをビジュアライズできるキャラクターがいますよね。

PDCという組織

山崎 PDCにもグラフィックデザイナーが1人います。

馬場 日本のTMO(まちづくり会社)だと、経営者しかいない組織が多いんですが、PDCではどんなキャラクターが、どのくらいの人数いて、どんな風に組織をつくっているんでしょうか?

山崎 PDCのメンバーはよく変わります。役員がうちの局長を入れて6人いますが、そのうち2~3人は毎年変わります。市長が代わると一気に変わることもあります。局長も組織内から選ばれたり、外から呼ばれたりいろいろです。長くて8年、短い人で3年くらいで変わります。前任の局長は連邦政府の住宅省に勤めていた優秀な人で、PDCに来る前はファイナンスの仕事をしていました。その下にはディレクターがいて、僕の上司は経済開発部長になりますが、彼も最近辞めて、オレゴン州の経済開発局長になりました。

 また別にファイナンスの部署があって、元銀行の頭取や元デベロッパーのスタッフが融資や土地の売買などを扱います。さらにコミュニケーションの部署では、プロモーション担当、グラフィックデザイナー、編集者&ライターがいます。そのほか中心部の不動産を扱う部署では、プロジェクトマネジャーのプロフェッショナルが所属しています。

 PDCでは現在90人くらいのスタッフが働いています。

馬場 日本から見るともはや何の組織かわからないですね。まちを変えていくには、ファイナンス、デベロッパー、コミュニティデザイナー、アーバンデザイナー、ランドスケープデザイナー、グラフィックデザイナーなどのキャストが必要になるわけですもんね。日本にはそんなまちづくり組織はないから、まずそこからつくらなければならない。

山崎 あとはPDCとは関係ないNPOも、僕らの取り組みに関わってきます。たとえば、ポートランドは白人率がアメリカで一番高い都市なので、有色人種を支援するNPOがすごく重要視されています。

情報発信のセンスとは

――馬場さんの提示された4つのキャラクターの中に「メディア」がありました。今はマスメディアから地元情報誌レベルまで、多様なメディアが溢れているので、ただ一生懸命発信すればいいというわけではなく、情報発信のセンスが問われているように思いますが。

馬場 僕は以前、広告代理店にいましたが、昔は情報の総量(GRP:Gross Rating Point)で広告の価値や価格が決まっていました。だから、マスメディアがたくさんの情報を発信すればするほど広告効果が高いとされていました。でも今はそんな情報はあまり重要視されていません。

 今は誰かが発信するエッジの効いた確かな情報がぐさっとささることの方が多い。要するに、表面積よりも深度が重要で、完全にそちらへ切り替わった印象があります。その深さを意識的に使いこなせたり、表現できる技術を持っている人や組織が出てきています。

山崎 吸引力が大事なんじゃないでしょうか。プッシュ(発信)とプル(吸引)が逆転しているのかもしれません。

 僕が有田川でいつも行く「Herb+Cafe(ハーブプラスカフェ)」というカフェがあります。店主の河野芳寛さんが一人で切り盛りしているのですが、彼はもともとインテリアデザイナーで、和歌山へのUターンをきっかけに、自宅の工務店の倉庫をリノベーションしてカフェをオープンしました。広告は打っていないし、看板も通り過ぎてしまうくらい小さい。でも店に入るといつもお客さんでいっぱいなんです。

馬場 今の話を聞いただけでそのカフェにすごく行きたくなります。これが、個人がメディア化するということですね。

日本とポートランドの共通点

――山崎さんは、馬場さんが紹介されたような、CETをはじめとする日本のエリア再生の話を聞いてどのように感じましたか。

山崎 ポートランドにもCentral Eastsideというエリアがあって、そこはもともと工業地帯だったのですが、ダウンタウンの家賃を払えないようなアーティストやクリエイターたちが住むようになりました。彼らは空き家を安く借りてDIYでつくり直して、ものづくりやプログラミングの仕事をしているという状況が、CETと似ています。

 ただ、点が線になって面になるという点では、ポートランドはもう面だらけになってしまっていて、地価が高騰し、ものづくりをしているクリエイターたちが、オフィスワーカーに追い出されてしまうという状況になっています。PDCではそれをどう回避するべきかを連邦政府のシンクタンクと一緒に考えています。

 CETは今、どうなっているのでしょうか?

馬場 CETも、エリアが注目されるようになり、リーマンショック以降、日本の経済状況が上向いたのと、オリンピックも控えて、どんどんマンションが建ち始めました。要するに地下が上がって、マンションデベロッパーが投資して合うようになったんですね。

 マンションを建てる際、本当は1階が商業で、上階にホテルや業務、その上階に居住といったようにミクストユース化してくれればいいんですが、デベロッパーは全部住宅にして一気に売りたがる。日本はミクストユース化に対する意識が薄すぎるんです。

 そういうマンションに住む人はあまり地元の店などに行かないから、どんどん街から活気が消えて、土地の値段は上がり、結果、僕らは住みにくいという状況に陥っています。

 ポートランドにはそういう状況を問題視するPDCのような組織が存在しますが、日本では「地価が上がってハッピー」くらいにしか認識されていません。それを問題として提示できる行政が存在しない。

山崎 それはつくるしかないですね、そういう組織を。

馬場 エリアマネジメント組織を勝手に民間でつくっても、その組織をどうペイさせるのかが課題です。行政にはこういう話の論理が通じず、そこがジレンマなんですよね。

まちを変える“お節介”

――PDCは、建物のオーナーに対して「こうした方が儲かりますよ」と公式にお節介できる仕組みになっています。CETでも公認されていないお節介をしてきて、それは似ていますが、オフィシャルになっているかどうかの差が、両者には凄く出ている感じがします。

山崎 PDCはオーナーに対して、公式にお節介と嫌がらせができるんですよ(笑)。

馬場 日本ではPDCのようなパブリックとプライベートの中間的な組織がなく、またそういう組織の必要性もほとんど認識されていなくて、官と民の対立構造から抜け出ていないんですよ。CETでもBIDのような組織を自分たちで強引に立ち上げて、後からオフィシャル化するのが早いのかな。

山崎 日本では、何かを変えるというアクションが少なすぎるんですよね。僕は自分から変えていかないといけないと思っていますね。みんながそんなふうにアクションを起こせば、それに「NO」と言えなくなる政治家や行政マンが出てきて、少しずつ変わっていくんじゃないでしょうか。「俺がまちを変えるんだ」という当事者意識を持ってやれる人がもっと出てくるといいですね。

[2016年6月14日代官山 蔦屋書店にて開催]

エリアリノベーション
変化の構造とローカライズ

馬場正尊+Open A 編著
明石卓巳・小山隆輝・加藤寛之・豊田雅子・倉石智典・嶋田洋平 著

建物単体からエリア全体へ。この10年でリノベーションは進化した。計画的都市から工作的都市へ、変化する空間づくり。不動産、建築、グラフィック、メディアを横断するチームの登場。6都市の先駆者が語る、街を変える方法論。

詳細|https://goo.gl/q8EW3N
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ポートランド
世界で一番住みたい街をつくる

山崎満広 著

この10年全米で一番住みたい都市に選ばれ続け、毎週数百人が移住してくるポートランド。コンパクトな街、サステイナブルな交通、クリエイティブな経済開発、人々が街に関わるしくみなど、才能が集まり賢く成長する街のつくり方を、市開発局に勤務する著者が解説。アクティビストたちのメイキング・オブ・ポートランド。

詳細|https://goo.gl/12T1K1
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