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ポートランドの変化のメカニズム|山崎満広|【イベントログ】

2016年5月に蔦屋書店代官山店にて開催された『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』出版記念イベントでの、著者・山崎満広さんによるトークのログです。これまで「全米で一番住みたい街」にたびたび選ばれてきたポートランドに、クリエイティブな人が集まる秘密とは――。

山崎満広

ポートランド市開発局 国際事業開発オフィサー。
1975年生まれ。95年渡米。南ミシシッピ大学大学院修了。経済開発機関等へ勤務し、企業誘致、貿易開発や都市計画を現場で学ぶ。2012年3月ポートランド市開発局に入局。ポートランド都市圏企業の輸出開発支援とアメリカ内外からポートランドへの企業・投資誘致を担当。「We Build Green Cities」のリーダーとして海外のデベロッパーや自治体のまちづくりを支援している。著書に『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』。
※編集部注:所属等、略歴はイベント当時

 僕の尊敬するアーバンデザイナーのジェローム・アンタライナー氏が、僕の誕生日にある本をプレゼントしてくれました。ジェロームたちは、1万年後の地球を考えながら、今すべきことを考え活動をしています。彼らの本に「Rate of Change(物事の変化率)」について説明したチャートがあります。

 fashion(ファッション)→ commerce(ビジネス)→ infrastructure(インフラ)→ governance(まちづくり) → culture(文化)→ nature(自然)」の順に、長期的なスパンで物事を捉える必要があるという考え方です。

 ファッションは季節ごとにトレンドが変わります。ビジネスは1年単位で決算を行います。インフラは5~10年単位、そしてまちづくりは20~30年単位で取り組む必要があります。生活習慣の積み重ねで醸成された文化や、何万年という時間を経て育まれた自然環境を短期的なスパンで変えてしまってはいけない。

 物事の変化には、必要なタイミングやスピードがあるということを知ることが重要です。

なぜポートランドに人が集まるのか

 ポートランドは、オレゴン州北西部マルトノマ郡にあり、州の中で最大の都市です。現在の人口は62万人ですが、毎週数百人が移住してきて、2030年には人口が100万人を超えると予想されています。移住者は24~35歳の博学で働き盛りの若者が多いのが特徴です。

 またポートランドには、ナイキ、アディダス、インテルなどの人気の高い企業が立地しています。そうした企業に、なぜポートランドに立地するのかを聞くと、「人」だと答えます。昔は大きな企業や工場が拠点を構える理由は「インセンティブが高い」「インフラが良い」「土地が安い」といったことでした。今は人材が最大の立地理由です。人材によって人が動くということは、良い人材が集まる街をつくらないといけない。

 良い人材とは、クリエイティブでオープンマインドを持った人たちのことです。彼らが集まってくる重要な条件に「場所」があります。彼らは住みたいと思う場所をライフスタイルに合わせて選びます。働く先も決めずにまず住む場所を決めて、そこに住んでから生活をするための手段を考えます。たとえばバリスタをしながらバンドマンを目指したり、アーティストとして売れるまでウェイトレスで生活費を稼いだりといった具合に。これが最近のアメリカの若者の風潮です。

 僕の勤務するポートランド市開発局(PDC)でも、いろいろな起業支援を行っていますが、街の人たちも頻繁に勉強会や交流会を開きます。たとえば、「HAND-EYE SUPPLY」という地元のものづくりを支援するショップでは月に1~2回、倉庫にものづくりに興味のある人たち100人くらいを集めて、ゲストを呼んで交流するという催し「Curiosity Club」を開いています。そこにはアーティスト、ギャラリスト、プロダクトデザイナー、自転車愛好家、木工職人など様々な人が集まります。こういう集まりは毎週のように市内のどこかで開かれています。

まちづくりは土づくり

 僕はPDCで現地の建築家やデザイナーたちと「We Build Green Cities」という、ポートランドのまちづくりの技術を海外へ輸出するプロジェクトに取り組んでいます。彼らと最近よく、僕らはファーマー(農民)みたいだと話をします。農業で最も大事なことは、良い土をつくることです。土地が良いと良い根が育ち、良い幹が育ち、枝が伸び、花が咲き、実をつけます。

 まちづくりも同じです。一番時間とお金をかけるべきなのは、土づくりなのです。ところが、デベロッパーたちと仕事の話をすると、彼らは道をどのようにデザインするとか、窓ガラスの性能はどうするとか、そういう話しかしません。そういうときは、彼らをアメリカで最も成功した都市再生事例と称されるパール地区のネイバーフッド・アソシエーションの会議に連れていきます。

 ネイバーフッド・アソシエーションとは、近隣活動を行う最小単位の組織です。日本の町内会のようにその地区の住民がほぼ自動的に家族単位で入るものではなく、個人の意志でまちに関わりたい人だけが会費を払って参加します。つまりやる気のある人しか参加していないので、彼らの姿をみると、その熱量に圧倒されます。

 大事なのは、人々の持っている目に見えない想いや、何かをやりたいという気持ちです。そして周りの人々がそれを育て上げられる環境です。これが良い土です。

 僕が『ポートランド』の本で紐解きたかったのは、この土づくりの部分です。

ポートランド
世界で一番住みたい街をつくる

ポートランド市開発局(PDC)の役割

 ポートランド開発局(PDC)は普通の行政ではできないことをする特別機関ともいえます。1958年に設立され、50年以上、荒廃地域を再生する不動産開発に特化した組織でした。ところが最近、リーマンショックで予算も少なくなり、不動産開発だけではまちの経済発展に寄与できなくなってきました。

 そこでPDCを以下の3チームに分けました。

1.雇用の集中地区である中心部での次世代の場づくりを行うチーム
2.中心部以外のコミュニティに根ざしたビジネスを活性化させるチーム
3.都市圏全体で一番成功しそうなことに注力し、得意技で雇用を伸ばすチーム

 僕はこの三番目のチームに所属しています。ポートランダーには「新しいことをしよう」という気質があるので、特に力を入れているのが、起業支援です。アメリカの起業家のうち、初めの3年間で97%が倒産しています。ですから、街の大半を占める中小企業を潰さないように支援するのも僕らの仕事です。

不動産開発のスキームTIF

 PDCでは、不動産開発を行う際、TIF(Tax Increment Financing)という固定資産税の前借りのしくみを用いて運営しています。僕らはまず10年後に人気の地区になるであろう荒廃地区を選んで、特区にします。そのエリアの開発がうまくいくと固定資産税がどれくらい上昇するかを予測し、その額に対して市が再生特区の債権を発行して世界中のREIT(不動産投資信託)に販売し、その収入で、公園をつくったり線路を通したりします。

 このように行政がインフラに投資をすると、空き地や古い建物の価値が上がるので、デベロッパーからするとリスクが下がって見えます。彼らは荒廃地域には絶対介入しませんが、そこにストリートカー(新型路面電車)が通るかもしれないと知ると、すぐに土地を買います。こうして開発を促し、固定資産税の収入を上げ、それを債権の支払いに充てます。債権の支払いリミットは20年を目安に考えてやっています。債権の支払いを終えると、上昇した税収は一般財源に組み込まれ、街の財政はますます潤うというスキームです。TIFは固定資産税の伸び代を利用するので、人口が伸びない街では導入が難しいしくみです。

 TIFは荒廃地域が多いほど収益が増えるのですが、PDCの取り組みが功を奏し、ポートランドではもう荒廃地域がなくなってしまい、予算も減っています。それで前述したように、ハードの不動産開発から経済・雇用開発にシフトしてきている事情があります。

 僕らが今進めている「We Build Green Cities」ではすでに日本の柏の葉スマートシティや和歌県有田川町でポートランド流のまちづくりを実践しています。ポートランドの建築家たちは「ソフトをハードに変化する技術」が優れています。利用者を巻きこみながら長続きするまちづくりに取り組みたい方は、是非僕らのチームを呼んでいただけたらと思います。

[2016年6月14日代官山 蔦屋書店にて開催]

ポートランド
世界で一番住みたい街をつくる

山崎満広 著

この10年全米で一番住みたい都市に選ばれ続け、毎週数百人が移住してくるポートランド。コンパクトな街、サステイナブルな交通、クリエイティブな経済開発、人々が街に関わるしくみなど、才能が集まり賢く成長する街のつくり方を、市開発局に勤務する著者が解説。アクティビストたちのメイキング・オブ・ポートランド。

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