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『埼玉県内小学校カレー事件』犯行の裏にあった、”教職員のメンタルヘルス事情”とは。

さいたま地裁 -刑事事件-
(初公判)

2023年3月10日(金曜)13:30~14:30 403号法廷

罪名:威力業務妨害

被告人:A(保釈中)
※執行猶予判決が言い渡された為

<公訴事実>
 被告人は、
令和4年9月15日午前11:15頃から午後0時10頃までの間に、埼玉県富士見市内の小学校の3階配膳室前で、6年2組の食缶(配膳に使用する寸胴鍋のようなもの)に入ったカレーに漂白剤を混入させ、同校の生徒を介して同校の教員に了知させ、他の食缶や校内の確認、また翌16日に予定していた小学6年生の修学旅行の延期を余儀なくさせ、もって業務を妨害した。

 被告人は、報道時の写真と見た目が変わらず、上下黒のレディーススーツを着て黒髪短髪である。傍聴人に目をやったり、目線を他方にやったりと緊張しているようだった。

 裁判官の「公訴事実に間違えはありませんか。」という質問に、小さなか細い声で「間違えありません」と述べ、認否を明らかにした。

・「やめてもいいかなぁ。やる気がない。」

―――検察官側の冒頭陳述から。
 被告人は、大学在学中に教職免許を取得し、令和2年4月から本件の小学校へ配属された。令和2年は4年2組、令和3年は5年2組と2年連続して同じクラスを担当した。そこで、被告人は令和4年も当然に6年2組の担任となると考えており、校長との面談でも同クラスを希望していた。
 しかし、令和4年度においては、3年生の担任・学年主任となり、希望と異なった。

 これにより、被告人は真面目に仕事をしつつも、「やめてもいいかなぁ。やる気がない。」と度々発言するようになった。

 犯行前日の9月14日には、コロナの影響で被告人が受け持っていた3年生のクラスが学級閉鎖となり、代わりに希望していた6年2組の給食指導を行っていた。かつての悔しい気持ちが再燃し、精神が不安定になり、保健室で休んだりしていた。

 そこで、前日購入した「家庭用漂白剤」を給食に混入させようと考えた。

 翌16日には6年生の修学旅行が計画されていたが、自分がいないところで、楽しい思い出をつくられることを悔しく感じ、体調が万全な状態で修学旅行に行けないようにするために、犯行に及んだ。

 生徒が配膳しようと運ばれたカレー入りの食缶を開けた際に、塩素の臭いがしたため、飲食を中止させた。その頃、被告人は3年生の教室で作業をしていた。
 不審物がないか、校内を捜索していた教職員が、3年生の教室のベランダに、口の開いたリュックサックを発見し、塩素の臭いがしたため、被告人に話を聞いたところ、自供し、犯行が発覚した。

―――嫌がらせも。
 その後、検察側の証拠として、学校長・教諭などの供述調書が提出された。中には、「嫌がらせの文書や電話が多数あった。」、「怖くなり、弁当を持参する生徒も多くいた。」、「一緒に食事にも行っていたが、令和4年4月以降はひどく落ち込んでいた。」などと述べられていた。

・「教員として絶対にやってはいけないこと。」

 検察官の冒頭陳述が終了し、次いで弁護人の証拠請求が行われた。
 証人として、被告人の父親が出廷した。60代前半だろうか、ハッキリと受け答えをしていた。

▽はじめに、弁護人から質問。
弁護人:「まず、証人の職業は?」
証人:「教員です。」
弁護人:「被告人の母親は?」
証人:「教員です。」
弁護人:「他に家族で教員をしている人は?」
証人:「娘(被告人)の姉も。」
弁護人:「家族の中で4人が教員をしている?」
証人:「ハイ。」
弁護人:「事件を知ったのは?」
証人:「妻から、ネットニュースを見てと言われた。」

―――学年主任はあり得ない。
弁護人:「被告人の体調を心配している?」
証人:「ハイ。去年の3月20日に自宅を訪問した際に、憔悴しきっていたようで、ベッドで横になっていた。」
弁護人:「被告人から学年主任だと言われてどう思った?
証人:「普通は、教職がまだ3年なのに、学年主任はあり得ない。このままじゃ潰れてしまうと思った。」

弁護人:「被告人の性格は?」
証人:「何事も頑張る。周りに気を遣って、断れない。だからといって、教員としてやってはいけないことをした。」
弁護人:「被告人は通院している?
証人:「ハイ。うつ状態だと診断された。
弁護人:「修学旅行のキャンセル料は?」
証人:「勾留中だったので、私が立て替えた。」

▽次いで、検察官から。
検察官:「なぜ、被告人は今回の犯行をしてしまったと思う?
証人:「本人の心の弱さ。職場のおかれた環境もあったと思う。自分勝手な思い込みで、やってはいけないことをやった。
検察官:「6年生の担任ができなくて、なんと言っていた?
証人:「4・5年生の時にクラスが学級崩壊をしていて、立て直そうと頑張った。それなのに、担任ができなくなったと。」
検察官:「今後は?」
証人:「具体的には決まっていない。裁判中なので、そちらに集中させ、身体の調子が悪くならないように、健康を第一で今後も考え続ける。」

▽最後に、裁判官から。
裁判官:「被告人の体調は?
証人:「フラッシュバックや、睡眠障害がある。
裁判官:「それでも、今後の話をした?」
証人:「ハイ。やりすぎには気をつけつつ、話をしている。」

・「5年生の時の思い出が、今回の修学旅行で上塗りされて欲しくない」

 証人尋問の後に、被告人質問がおこなわれた。

▽弁護人から
弁護人:「犯行したことには、間違えはない?」
被告人:「ハイ。」
弁護人:「今回のことについて、どう思っている?
被告人:「自分の勝手な行動で、保護者・関係者の皆様にはご心配とご迷惑を、先生方にも人手不足なのにさらにご迷惑を、生徒に対しては楽しみにしていた修学旅行を延期させてしまい申し訳ない。今年から受け持った3年生には、先生が逮捕されるという精神的なショックを与えてしまい、申し訳ない。
(少し、声が震えている。)

―――6年生を標的にした理由
弁護人:「なぜ6年生のカレーに漂白剤を入れた?
被告人:「体調が万全な状態で修学旅行に行って欲しくなかった。
弁護人:「なぜ?」
被告人:「6年生に給食指導をした時に、5年生の時の楽しい思い出が蘇ってしまい、その思い出が、今回の修学旅行で上塗りされて欲しくないから。
弁護人:「漂白剤はどこで購入した?
被告人:「前日に買った。
弁護人:「なぜ、学校に持っていた?
被告人:「当日、自宅を出て、学校へ出勤してからバックに入っていることに気づいた。

―――『なんとか、取り出そうとした。』
弁護人:「カレーの中に入れた、漂白剤の量は?
被告人:「はじめはワンプッシュだった。ただ、何とか取り出そうと小皿を使ったが、ダメだった。
弁護人:「それで?」
被告人:「誰が見ても食べられない状態にしようと、漂白剤を全部入れた。
弁護人:「6年生が間違って食べてしまうとは思わなかった?
被告人:「カレーの上に泡があって、臭いもきつくて、誰も食べないと思った。
弁護人:「他の先生方が校内で不審物の捜索をしていた時に、自分で名乗り出ようとは?
被告人:「そこまで考える、正常な判断ができていなかった。

―――誰にも相談ができなかった。
弁護人:「当時、疲弊していた?」
被告人:「ハイ。」
弁護人:「校長には相談しなかった?
被告人:「周りに対して、荷が重いと言っていた。どうしたらいいか、相談した。
弁護人:「改善した?」
被告人:「代わりの先生が来ないから、夏休みまでは頑張って欲しいと言われた。

―――学級崩壊していたクラスを立て直した
弁護人:「6年生の担任から外れて、どう思った?」
被告人:「昨年度は、隣のクラスが学級崩壊していて、私のクラスも崩壊していて立て直そうと、1年間頑張った。なのに、6年生から外されたことによって、目標が達成できなくて、後悔していた。
弁護人:「休職しようとは?」
被告人:「学校には、臨時職員が多く、正規の自分が逃げるわけにはいかないと思った。

―――今後について
弁護人:「教員は免職になった?」
被告人:「ハイ。」
弁護人:「今後、教員になろうとは?
被告人:「心を落ち着かせて、別の道で将来は生きて行きたい。

・なぜ、漂白剤を持っていたのか。

▽続いて、検察官から。
検察官:「今回使用した漂白剤は、前日に買った?」
被告人:「ハイ。」
検察官:「他にも、麦茶などは買わなかった?」
被告人:「買った。」
検察官:「麦茶はビニール袋から出した?」
被告人:「ハイ。」
検察官:「じゃあ、なぜリュックに漂白剤は入れたままにしたのか?
被告人:「その日、使うモノだけ出したから、残っていたのだろうと。
検察官:「漂白剤は重いですよね。なぜ、気付かなかったの?」
被告人:「いつも、荷物が重いから。」

―――犯行は計画的か。
検察官:「以前に、ネットで『毒殺方法』・『給食異物混入』と調べていましたよね?
被告人:「ハイ。
検察官:「やろうと?」
被告人:「風呂場で漂白剤を使って掃除すると中毒になると聞いたことがあったので、対処法を調べようと。その時に、昔に呼んだマンガを思い出して、別のことを調べつつ。
(「マンガの印象に残った場面が、漂白剤での『毒殺』だったから、一緒に調べた。」という、意図なのだろう。)

検察官:「検索した言葉は、本件そのものだが、関係ないと?
被告人:「ハイ。

―――なぜ、自白しなかったのか。
検察官:「なぜ、大騒ぎにならないように自分から申し出なかった?
被告人:「正常な判断ができなかった。
検察官:「他の先生方が校内に不審物がないか確認していたのは知っていた?」
被告人:「その時は、音楽室にいたので、後から知った。」

―――『6年生のみんななら、私の気持ちを理解してくれると思った。』
検察官:「今回の学年主任のことで、校長に直談判しなかった?
被告人:「しました。なかなか聞いてもらえず、逆に2時間説得された。
検察官:「その後は相談しようとは思わなかった?」
被告人:「今年度はみんな大変なんだから、愚痴を吐くなと言われた。
検察官:「だからと言って、なぜ児童のカレーに漂白剤を入れた?」
被告人:「身勝手な甘えがあった。6年生なら、私の気持ちを理解してくれると思った。
検察官:「児童に責任はないですよね?」
被告人:「ハイ。」

―――将来のことについて。
検察官:「校長などの調書に子供達の反応について書いてあったが、どう思う?」
被告人:「自分の思っていた以上の精神的ショックを与えてしまい、反省している。」
検察官:「将来、子供が関わるような仕事はする?
被告人:「自分のこれまでの行動からも、子供が関わる仕事は向いていないと感じる。別の仕事をする。」


・「自分の時間が止まるかもしない」

▽最後に裁判官から。
裁判官:「漂白剤を入れた一番の理由は?
被告人:「”しがらみ”から抜けたかった。
裁判官:「”しがらみ”とは?」
被告人:「6年生の担任になれなかったこと、校長に対応してもらえなかったこと。そして、不甲斐なさが。」
裁判官:「カレーに漂白剤を入れることで、どうして自分の今の状況から抜け出せると?
被告人:「未来に進めば、自分の考えが落ち着くかなと。
裁判官:「その発想は?」
被告人:「一人になっている時に(学校で)、どうすれば自分の時間が止まるのか考えた時に、リュックの中の漂白剤を見つけた。
裁判官:「自分勝手だということは分かっている?」
被告人:「ハイ。教員としてあり得ないことをしたと。」
裁判官:「具体的に?」
被告人:「教員は保護者に任されて子供達の安全を守る仕事。安全を脅かす行動をしてしまい、教員失格だと思っている。

・「計画的犯行であったことすら疑われる。」

▽検察官側から論告。
「被告人は、自身が6年生の担任になることができなかったことから本件犯行に及んでおり、身勝手で自己中心的な犯行に酌むべき事情はない。児童らが誤ってカレーを食べてしまうかもしれなく、危険極まりない。
 さらには、何ら必要のないにも関わらず、漂白剤を持参していることから、計画的犯行であったことすら疑われる。
 正当な業務を妨害した結果も重大で、児童に与えた精神的被害も甚大。
 前科前歴がなくとも、厳しい処罰にすべき。

 求刑:懲役2年

・「むしろ、生徒達がカレーを食べないように考えた。」

▽弁護人からの弁論。
「被告人は、コロナ禍でオンライン授業に切り替わるなど、イレギュラーな対応が多く、疲弊していた。休職しようと相談しても、改善されなかった
 また、漂白剤は偶々持参していたに過ぎない。いわば、発作的な犯行であり、むしろ、漂白剤を大量に入れることで、生徒達がカレーを食べないように考えた犯行
 修学旅行のキャンセル料も負担している。身勝手な犯行と後悔をし、関係者には謝罪をしている。
 勤務態度は、熱意を持って担任の仕事をしており、校長からも一程度の評価を得ていた。
 今後は真面目に生きてくと誓い、かつ両親からの監督がある。
 前科前歴はなく、4ヶ月以上勾留され、教員も免職になり、社会的制裁を受けている。
 したがって、執行猶予を求める。」


・被告人の最終陳述

「この度は、どんな理由があったとしても、教員として許されない行動をして、関係者の皆様に多大なご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。特に子供達には、精神的なショックを与えてしまい、申し訳なく思っています。4ヶ月間、白い壁と向き合う生活をして、本当に申し訳ない気持ちになり、今後は自分の特性を理解して、更生していきたいと思っています。」

 結審し、次回判決が言い渡される。


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