あの頃、コモンカードの束で遊んでいた。

ふとポケモンカードを始めたばかりの頃の記憶を思い出した。

最初はとーしんと「バタフリー」vs「ペリッパー」で遊んでいたただのライト勢だったこと、初めてジムバトルで優勝したデッキのこと。

こういう言い方をするとカードゲーム老害おじいちゃんになってしまうので嫌なのだが、今のポケモンカードは良い環境になったと思う。

プレイヤーレベルが上ってるし、店舗大会は人がたくさん集まる。定期的な大型公式大会があるし、大会優勝レシピや上位プレイヤーの記事がたくさん出回っている。
情報が多すぎて取捨選択するのが逆に大変なくらい。

しかし自分がポケモンカードを始めた当時(約10年前)の環境はそんなに良いものではなかったと思う。
カードゲームとしての誕生時期はあまり変わらないものの、MTGや遊戯王といった人気でプレイヤー人口も多いカードゲームと、ポケモンカードは全く別物だった。

近年ポケモンカードは緩やかに大人向けに、そして急激に一般向けにシフトした。後者は予想以上にシフトしてしまったという感じだが

上司の考え方がわかるようになる!? ビジネスにも役立つ「ポケモンカード」の魅力とは
https://r25.jp/article/625228130041538724
”販売額ベースで1153%増・トレーディングカード市場の月間シェア1位(2018年11月の前年同月比。メディアクリエイト調べ)”

昔からポケモンカードをやっているからこそ緩やかな変化についてこれたが、最近始めた人はどう感じているのだろうか?

ウルトラシャイニーとか、GXスタートデッキとかから始めた人ってかなり多いと思うんだけど、今の環境って大変だしゴチャゴチャしててやりにくそう。

そんなこんなを考えていたらなんか懐かしい記憶が走馬灯みたいな感じで蘇ってきた。
個人的に色々な出来事があり、今までのことを振り返る良いタイミングなので書いてみる。

マジでただの自分自身の思い出話だし、これを読むことで何か得られる訳では全くないので、時間が暇な時に(なんか書いてたな〜アイツ)って感じで読んでいただけるとありがたいです。

■カードゲームの原体験

最も昔の思い出は幼稚園の頃に集めていたポケモンカードと遊戯王
元々四国のド田舎暮らしだったため、カードで遊ぶ相手もおらず兄と謎ルールで対戦していた記憶がある。

小学校に上がり、親の転勤があって東京にきた。
物心ついた頃には既に受験戦争に放り込まれており、我が家は「ゲーム禁止」「カードゲーム禁止」という制約に縛られていた。カードは全部捨てられた。

結局受験戦争には完全勝利し、「開成中学校」という天才たちの集団に放り込まれた。(とーしんとはここで出会えたので結果的には最高の選択肢だった。)両親もこの結果に満足したのか、中学生になった途端「ゲーム」や「カードゲーム」が解禁され、結果完全にゲーム中毒になってしまった。

本末転倒である。

これを読んでくださっている親御さんには是非禁止なんていう行為はしないでほしい。一時的には良いかもしれないが、人生全体で見れば逆効果である。

話がズレたが、そんな感じで中学生以降ゲーム・カードゲームに人生を捧げることになった。

■高校生の頃に再度出会ったポケモンカード

ある日おじさん夫婦と甥っ子が東京に遊びに来るというイベントがあった。
どうやらその甥っ子はポケモンカードにどハマりしているらしく、「甥っ子用のプレゼントを買って来て」と親に頼まれた。

高校生だった自分はポケモンセンターという場所に行くのは恥ずかしかったものの、プレゼント代に5000円も貰ってしまったため行かざるを得なかった。

当時ポケモンカードは1パック300円で売られていて、予算内限界の15パックを買うことにした。

でも(なんかキリ悪いし甥っ子にあげるのは10パックでいいよな)と勝手に結論づけ余った5パックを自分で開けることにした。アドを稼ぎに行くタイプのクズだった。

そして久々に購入したポケモンカードを開封したら、そこには「アルセウス LV.X」と様々な色の「アルセウス」というカードがいた。キラキラ光っていて、かっこよかった。

幼少期にゲーム禁止だったこともあり、ポケモンのゲームは全くやっておらず映画にも興味がなかった自分は「アルセウス」というポケモンを知らなかったけど、そのカッコ良さに強く惹かれた。

惹かれたんだけど、真っ先に気になったのはカードの値段。

いくらで売れるんだろうこれ、これ売ったらアレ買えるかな、みたいな不純な動機。
それを聞くためにとーしんに声をかけた。

とーしんとは中学校時代部活が同じだったこともあり、彼がポケモンカードをやっているというのは知っていたので話しかけた。
改めて思うが、よくとーしんは快く色々教えてくれたなぁと思う。今でこそエゲツない行為だと認識しているが、当時悪魔的な性格をしていた自分は中学生の頃とーしんのポケモンをめっちゃ逃した。
マジで悪魔だった。申し訳ない。

そんな自分にもポケモンカードのことを教えてくれ、仲良くしてくれたわけだ。完全に聖人である。ポケモンカード聖人。

それ以降なんとなくポケモンカードに触れることが多くなった。
仲のいい4,5人で、放課後にとーしんが持っていたカードの束(段ボールにコモン、アンコモンのカードがたくさん入っていた)から好きなカードを選んでデッキを組んで遊んでいた。

今でも覚えているのは俺がバタフリーラインを揃えられて、これは勝ったなって思ってたらとーしんのペリッパーデッキに負けたこと。
なんで覚えてるかはわからないけど覚えてる。

そんなこんなから、少しガチでデッキを組み始め、ジムチャレンジに出るようになっていった。
始めの頃の自分のデッキはひどいものだった。

当然ジムチャレンジ(今のジムバトル)は勝てなくて、世界チャンピオンのkomaさんのボーマンダLV.Xにわからん殺しされたりただただ負けまくった。(なんで複数枚サイド取ってくるんや)

その頃ポケモンカードにはハーフルール(※)というルールが存在していた。
※デッキ30枚、同名カード2枚まで、サイド3枚戦

このルールだと必要カードも少なくデッキが安価で済み、ワンチャン勝てる試合も多かったので、好きだった。
最初はゲンガーとか、色々使ってたわけだけど、ある日ようやく自分のデッキに出会った。

■モチベーションの変化

その日は秋葉原チェルモのジムチャレンジに参加した後、秋葉原のマック地下1階でとーしんや仲良くしてくださっていたお父さんプレイヤーの方々とポケモンカードの話をしていた。
その中で出て来たギミックがオーダイルGR+アルセウス(水)+アルティメットゾーン

オーダイルGRのポケパワー(※)で水タイプのアルセウスにエネを加速し、
(※自分の番に何回でも使える。自分の手札の水エネルギーを1枚、自分の水ポケモンにつける。


アルセウスLV.Xや、アルティメットゾーンを用いてアルセウス(無)の技「てんのやり」(※)を使って相手の場を蹂躙して行くといったもの。
(※無3エネ:相手のポケモン1匹に、80ダメージ。自分のエネルギーをすべてはがしてロストゾーンにおく。)

進化前の種ポケモンや、当時ドローソースとして活躍していた「ユクシー」「ネンドール」などHP80以下のポケモンが多い環境でよく刺さっていた気がする。

初めて自分で見つけた強そうなコンボだった。他人が使っているカイリキーやゲンガーやサーナイトではなく、自分で見つけた思い入れのあるアルセウスのコンボ。

何しろポケモンカードを始めるきっかけになった「アルセウス」を使ったデッキというのがお気に入りだったし、実際に回してみると結構戦えるやつだった。

そしてそのデッキで初めて、ジムチャレンジという店舗大会で優勝することが出来た。2009年10月の頃らしい。
そこから自分のモチベーションが一気に変わった気がする。勝利の味を知ってしまったのだ。
ジムチャレンジで勝つという目標から、ジムチャレンジで優勝しまくるに変わった。もっと高みを目指したくなった。

■人生で最もカードゲームに打ち込んだ時間

高校時代に一気にモチベーションが変わった自分に、ある環境の変化が訪れた。

「浪人」だ

そう。ポケモンカードやネットゲームに時間をかけまくっていた自分は当然のごとく浪人した。それは周囲の友人たちも同じであった。
高校から予備校へと環境は変わったものの、ポケモンカードをやる友達に変化はなく、逆に無限の時間を手に入れたこともありひたすらプレイした。

マジでひたすらにプレイした。
毎日10時間ほど朝から晩までポケモンカードをやっていた。

今でもなんであんなにやれたのかわからないけど、間違いなくあの頃にやり込んだ経験値は今でも生きている。

そんな圧倒的な練習量のおかげかわからないが、浪人期が終わってすぐの大型大会バトルカーニバルスプリング2013(2013年度世界大会の権利をかけた大型大会)はいい成績を残すことが出来た。

とーしんがスイクンテラキオンとかいうスパムデッキで名古屋大会優勝、その翌週の東京大会では自分がカメケルブラックキュレムEXで見事準優勝した。
この頃は確か4会場ほどしかなかったし、自分は東京大会のみの参加だったので十二分な成績だったと思う。

大型大会で入賞という目標を達成してしまったその先にあったのは一つ、「世界大会」

その夏自分は世界大会の会場にいました。当時はLCQ(ラストチャンスクオリファイ)という現地最終予選があったんですよね。
日本代表権は各会場の1位のみという今では考えられないレベルの狭き門だったので、2位だった自分は最終予選に望みをかけたわけです。

結果は2回戦でジャッジキルされて終わり。
1ターン目にほぼ1キル出来る最高のチャンスを得たにも関わらず、後1枚デオキシスEXが引けず失敗。そこからプレイが乱れてしまいプラン通りにサイドを取り切ることが出来ず時間切れ。
その際にルールを把握しきれておらず、時間切れの裁定を勘違いして片付けてしまって負け。

そのまま続けてたら勝てる試合だったので、とにかくメンタルにきた。

■カードゲームから離れた

世界大会が終わった後、なんというか燃え尽きた
大学生になったんだし、ちゃんと大学生活を送ろう、真っ当な人間になろうという意思が芽生えました。

そこからはポケモンカード引退期へ。
2014から2018年はほぼポケモンカードに触れず、国内予選も毎年0~1回ほど出るような状態でした。

その間にとーしんは世界大会を優勝していたし、知っている人はドンドン実績を出して世界大会に行っていて、ずっとそれが心に引っかかっていました。
ポケモンカードをやっていない自分に対して、「ゼミやインターン」に打ち込むことで常に言い訳をしていた気がします。

まぁそのおかげで就活も順調に楽に終わったり、色々な経験をすることが出来たので結果的に良かったなと今では思いますが、当時は色んな想いが入り乱れていました。

■結局戻ってきた

そんな感じでポケモンカードから逃げてたんですが、WCS2019シーズン前になって学生時代から長年関わってきたプロダクトから離れたり、新卒として新たな仕事を始めたり、実家を離れて渋谷で暮らし始めたり、様々な環境の変化がありました。

そんな中、自分の人生の目標として「日本代表になって世界大会にリベンジしたい」という想いが強くなり、WCS2019シーズンの始まりと共にガチでポケモンカードを再度やり始めることにしました。

で今に繋がります。
その先に何があるかはわかりません。

■まとめ

最初でも触れましたが、ポケモンカードの楽しみ方は人それぞれ。

やりたくないと思った時は休んでもいいし、やりたいと思ったらやればいい。自分が楽しいと思う状態で遊ぶことが結局一番長続きして楽しめる方法ですよね。

自分はとにかく今年日本代表になる。それが圧倒的な目標。頑張るぞ〜!

そんな感じでこの記事は終わります。


■追記

4月からカードラッシュ様にスポンサードいただき、プロプレイヤーとして活動することになりました。これまでの経験からここに繋がり、そしてこれからプロしてがんばります。

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あむ Game

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