見出し画像

映画『フリー・ガイ』でモブキャラは何を夢見たか?

映画『フリー・ガイ』が画期的だったのは「ゲームのモブキャラを主役にしたこと」に尽きるのではないか。ディズニー映画『シュガー・ラッシュ』は「ゲームの敵役を主役にしたこと」が画期的だった。奇しくも同じくディズニーが関連する作品において、世界中が注目する映画において、新しいチャレンジが実を結び、結果として全世界で大ヒット(2021年8月17日付の Box Office Mojo調べで全米初登場No.1、イギリス、ロシアなど23の国と地域でNo.1)を遂げたこと自体が素晴らしい。

主人公ガイは、オンラインゲーム「フリー・シティ」の登場人物。「フリー・シティ」の中では、ゲームをプレイする人自身が、仮想の街を訪問する人となり、銀行強盗したり、店で物を盗んだり、道行く人とバトルを繰り広げたりと自由気ままに過ごすことが出来るのだが、ガイは、ゲームの中では主役でも脇役でもなく、特定の名前を与えられない、いわゆるモブキャラ(作中では「NPC(ノンプレイヤーキャラクター)」と呼ばれる)である。彼は、毎日、変わることなく同じ服を着て、同じカフェで同じコーヒーを注文し、同じ銀行に通勤し、馴染みの友人と語っている最中に決まって銀行強盗に合う。そんな台本で書かれたような日々が、とある女性との出会いにより大きく変化していく…という筋書きだ。

今までにもゲームを映画化した作品は数多く有る。本作のようにゲーム内でのバトル要素や恋愛ドラマ要素があり、ゲーム外の人間関係も描いた映画として浮かぶのは、『ジュマンジ』だろうか。1995年に初公開され、1996年から1999年まで放送されたテレビアニメシリーズを生み、2005年に関連作品として『ザスーラ』が製作、続編として2017年に『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』、2019年に『ジュマンジ/ネクスト・レベル』が公開された。1995年当時はボードゲームの世界に入り込む話だったが、2010年代の続編ではビデオゲームの世界に入り込む話になっており、『フリー・ガイ』に近い話になっている。しかし、いずれの『ジュマンジ』においても、映画の主人公たちは、ゲーム世界でもゲーム内の主人公だ。2010年代の続編はビデオゲームなので、モブキャラ自体が登場するのだが、同じセリフを何度も繰り返すモブキャラたちの様子に主人公たちが笑ってしまうシーンが存在する。明確に、主人公とモブキャラが分かれて描かれている。主人公たちは、ゲーム内で様々な困難を乗り越え、ゲームをクリアした先で、ゲームの中に入り込む前と比べて成長し、人間関係も大きく変わっている。

繰り返すが、『フリー・ガイ』の主人公は、ゲーム内のモブキャラである。現実の人間ではないどころか、ゲームの主人公ですら無い。本来は、製作者に与えられた役割を何度も繰り返すだけの存在だ(その意味では、同じくディズニー作品である『トイ・ストーリー』シリーズや、本作の監督であるショーン・レヴィ監督作の『ナイト ミュージアム』シリーズとも共通する)。本作では、ゲーム外の製作者たちの複雑な人間関係も描かれるが、ゲーム外にガイは存在できない。ガイ自身はゲーム内で成長するし、後半で明かされるゲームの生みの親が彼自身に込めた想いには感動もするのだが、『ジュマンジ』のような現実での成長は描かれない。本来であれば、なかなか感情移入しずらい設定であろうとも思えるにも関わらず、本作が多くの人を感動させたのは何故なのか。

それは、多くの人が、ガイに自分自身を重ねたからかもしれない。日々、大きな事件が起きることもなく、ほとんど決まった仕事をこなし、大きく評価されることも無い。外を見れば、格差が広がり、世界各国で紛争が起き、分断が目に見えてきている。この現実世界そのものに違和感を持ち、自ら、決まったルーティーンをこなす人生から逸脱すべき、様々なチャレンジをしているのが今。そんな”モブキャラ”が世の中には多いのではないだろうか。

「フリー・シティ」を現実世界に置き換えてみると、作中におけるゲーム制作会社は何に置き換えられるだろうか。製作されたアメリカを舞台に考えると、神かもしれない。神は主人公とモブキャラを分けて作るだろうか。そんなことは無いはずだ。ガイたちが夢見た、全ての登場人物が自らに強制された役から離れて自由に生きる世界は、ガイが暮らす部屋のブラインドを少しだけ傾けることで見つけることが出来た。自らをモブキャラと考えてしまう人に、努力を積み重ね、少し見方を変えるだけで、夢見た世界を作り出すことが出来るかもしれないと希望を持たせてくれる映画だ。

=====
※こちらは、毎週日曜21:00~Zoomにて開催しているオンラインイベント
 #初心者批評会 の課題として書いたものです。
今週末も、12月12日(日)21:00~Zoomにて、Netflixで配信中の韓国ドラマ #地獄が呼んでいる の批評を事前に書いてきて、議論する会を開催します。参加無料です。批評初心者向けですので、お気軽にご参加ください!
ドラマ『地獄が呼んでいる』 #初心者批評会 | Peatix
https://shoshinsha-hihyo211212.peatix.com/view