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マキリとマウラと白狼のイレス(#シロクマ文芸部)

 雪化粧に包まれた森の中に、小さな家が一軒ありました。
 辺りはしんと静まり返り、深々と雪が降り積もります。白一色の景色の中で、その家の窓からは暖かな明りが漏れています。そこには鍛冶屋の夫婦が慎ましく暮らしていました。鍛冶屋の男の名前はマキリ。その妻はマウラといいます。
 マキリは作業部屋にある炉の前で、狩りに使う矢じをりを作っていました。同じころ、家畜小屋で羊たちが騒ぐので、窓から様子を伺っていたマウラは、家の前に一匹の白狼が倒れているのに気付きました。
「マキリ、あの狼は子を宿している」
 マキリがその白狼を作業部屋の炉の前に寝かせたが、既に白狼は死んでいました。
「お腹の子は生きるかも知れない」マキリがナイフで狼の腹を裂くと、子狼が1匹生まれ、元気な鳴き声を上げました。母狼と同じ雪のように白い毛色をしています。マウラが急いで羊の乳を搾って布に湿らせ、子狼の口に含ませ少しずつ吸わせてみました。すると勢いよく飲み始めたので一安心。マキリが子狼にイレスと名付け、大切に育てることにしました。
 
 翌年の冬には、イレスはマキリと狩りに出掛けるようにまで成長していました。イレスが鹿を見つけて、マキリが待ち伏せしている場所まで追い込むと、マキリが弓矢で射止める。こうした連携がうまく取れるようになりました。イレスは抜群の勘の良さを発揮し、2kmも離れた場所にいる鹿や猪の気配を察知し、マキリにここで待ち伏せる様にと目で合図をします。
 マキリが岩陰で隠れて待っていると、遠くからイレスの吠える声が近づいてきます。イレスが鹿を追い立て、マキリのいる場所へと方角を定め追い込んできます。
 マキリは弓矢をギリギリと引き、鹿を射抜く瞬間を待っていましいた。岩影から鹿の走ってくる蹄の音が大きくなります。その時、イレスがマキリにひときわ大きく吠えました。まるで「今だ!」と言っているようです。マキリは狙いを定め、矢を放ちました。鹿はバタリと倒れピクリとも動きません。イレスは遠吠えをし、狩りの成功に興奮気味です。マキリはイレスに「お前には感謝しかないよ、雪深いこの場所で、マウラと私は言葉少なく過ごしていたが、お前が来てからは笑うことも多くなったし、こうして難なく獲物を手に入れることもできる」とイレスの働きを褒めました。 
 獲物を持ち帰ると神に感謝を捧げ、マウラとマキリの二人で鹿を裁き、イレスも夫婦と一緒に晩餐を楽しみます。マウラは乳飲み子から育てたイレスが可愛くて仕方がありません。イレスもマウラに撫でてもらうのが一番の喜びでした。

 マキリとマウラ、そして白狼イレスとの生活も、3度目の冬を迎えたある昼下がり。この日もあの時と同じ、森はすっかり雪化粧に包まれていました。
 マウラが羊がいる家畜小屋へ餌をやりに行くと、そこには大きな熊が羊を襲って、辺りは羊の血で雪が赤く染まっていました。
 冬籠りし損ねた熊は狂暴で、人間を襲うこともあるのです。
 「マキリー、助けてー!!」
 マウラの悲鳴を聞いて、狩りから戻ってきたばかりのマキリは、とっさに弓矢を手に取り駆け寄った。そこでは大熊が唸り声を上げ、今にもマウラに襲い掛かろうとしいてた。マウラは恐怖で動けず、うずくまったまま。マキリが弓矢を構えると、後ろからイリスが大熊に飛び掛かった。大熊の首に噛み付いてイレスの牙が食い込んだが、大熊の太く大きな前足で叩き飛ばされ、大熊の鋭い爪で肩をえぐられ、傷口から血が吹き出した。
 それでもひるまず、イリスは大熊に何度も飛び掛かりマウラから遠ざけようとしていた。
 マキリは矢を放とうとするが、イリスに当たるのを恐れて矢を放つことが出来ない。すると大熊の一撃で倒れたイリスの魂が、マキリの矢じりに宿り、赤く光った。次の瞬間『これで熊の目を狙って打て!』とマキリにははっきりと聞こえた。無我夢中で弓を引き矢を放つと、赤く燃える炎の矢になって大熊の右目を目掛けて飛んでいった。大熊は身動きが出来ず、矢が命中しその場にドスンと倒れ絶命した。矢は見事に大熊の右目を射抜き貫通していた。
 
 「イリスー!」マウラがイリスに駆け寄って抱き寄せた。イリスの白い被毛は、鮮血で赤く染まっていた。イレスは喘ぐように呼吸をしていたが、次第にその呼吸も浅くなり、マウラの腕の中で、静かにイリスの命が消えていった。
 夫婦はイリスのお墓を作った。厚い雪に覆われてもお墓の場所がわかるように、お墓の側にハルニレの木を植えた。
 大きく育ったハルニレの木は、今でもマキリとマウラを見守り続けている。

 
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最近になって、アニメの『ゴールデンカムイ』を観始めた影響で、アイヌの夫婦をイメージして物語を書いてみました。
でも如何せん、文章力が及ばず、大熊とのバトルシーンがうまく表現できませんでした。時間切れとなり、今回はUPすることを躊躇いましたが、上手くいかなかったこともひとつの通過点と考えて、皆様に読んでいただこうと思いました。

物語りに登場した白狼のイレスという名前は、アイヌ語で火。イレスカムイが火の神です。そしてハルニレの木は、アイヌの伝説で「国ができるとき、火の神は、右手にチキサニ姫(ハルニレの木)を、左手にはラルマニ姫(イチイの木)の手をとって降りてきた」という一説があるそうです。そして、「その地上に降りていたハルニレ(姫)の上に雷が落ち、人間は、火を使うことを覚えた」
火の創造の神話は、何処の国にもありますが、アイヌにもあったことを知って、俄然アイヌの神話に興味を覚えました。




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