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東京少年少女

評価がどうこう
起承転結がどうこうではなくて
ただ純粋に文章として世界を刻むべきであるという気分になった
だから今日は 楽しかったあの日を
返らない八歳の頃の思い出
美しいあの思い出と 今ある現実を
ここに記そうというだけなんだ

十年前・東京

僕は母に連れられ
東京に一週間滞在することになった
今思えば当時 一週間泊りがけというのは
経験したことが無かったから
そのワクワクは読者諸兄の
想像を絶するだろう

しかも『東京』 憧れの地である…
というのも
僕は当時世俗を『めざましテレビ』を通すことで理解していた
つまり『めざましテレビ』が捉えた世界が
僕の中での流行であり 
『日本』の姿だったわけだ 

見るからにうまそうでオシャレなスイーツ
地上より遥かに高いビル
行き交う多くの人々

その眩しさが僕の中での『日本』であり
平たく言えば『都会への憧れ』だった

大してオシャレでもない
あんこたっぷりの和菓子(おいしい)
地元のしょっぱい街並み
あんまり行き交わない人々

当時の僕からすれば そんなものは
『シケた街』の証明でしか無く
情けなかったのかもしれない
早く出ていきたいとまでは
思わなかったけれど
それでも東京には全てがあると信じていた

品川駅で
一週間滞在させてもらう母の友人に
車で迎えに来てもらった
車の中には
母の友人・長女・次男・末女
この家族は僕の思い出の象徴であり
ある種の呪縛になるのだけれど

車の中で僕はその大きな道路とビルに
痛く感動した覚えがある
車の中から見える風景
その全てが『非日常』で
ビルの高さが今まで見てきたソレとは
全く違った
地元一番の高さを誇っていた建物は
昭和に作られた百貨店だったし
その建物も
『姫路城の高さを超えてはならない』
呪縛つきだったから
東京のビル群に勝てるわけもなく
敗北した

地名を示す看板にも感動した
『めざましテレビ』でよく聞く地名
銀座・浅草・渋谷・新宿・赤坂
それが現実に存在すると知ったのはその時かもしれない
具体的に何kmだったかとかは覚えてないけど
テレビの中にしか無かった『土地』が
何kmか進めば存在するという状況が
僕にとっては感動的だった

車の中で僕は
東京に住んでいる少年・少女が
どんな環境で暮らしているのか気になった
自己紹介も兼ねて
当時僕が大好きだった
『妖怪ウォッチ』が好きだという話をした
驚いたことに彼ら・彼女らは
それを知っていて
異常な程の盛り上がりを見せた

それはおかしな状況だった
地元では『ポケモンのパチモン』と若干の冷遇を受けていながら
その存在はひっそりと
『コロコロコミック』で連載されているゲーム原作の漫画程度の認識で
まだ『ポケモン』の方が
強い存在感を放っていたし
実際そこまでの知名度を誇っているわけでは無かったのだ
『コロコロコミック』の熱心な読者…
そのうちの
五人に一人くらいが
知っていれば良いくらいで
地元で『妖怪ウォッチ』の話題で盛り上がるなんて事は想像もつかなかったのだ

なんの妖怪が一番好きかと聞いて
『コマさん』と返ってきた
決して主役級ではないけれど
なかなかに魅力的なビジュアルをしていたから好きな人も居るだろうなとは思った
それでも当時
漫画版での登場回が
あったような記憶はない
はて 熱心な原作ゲーム好きだろうかと
聞いてみても
ゲームはやったことがないという

この辺りで僕は認識のズレを感じていた
おかしいぞ
ゲームもやっていないのに
こんなマイナー妖怪を知っているのは
どう考えてもおかしい
その認識のズレを証明するかの如く
極めつけに彼らは
突然歌い出したのだ!
「ゲラゲラポー♪ゲラゲラポー♪」

知らん
知らん
知らん
知らん!

なんだそれはと尋ねたら
『アニメの主題歌』と返ってくる
理解ができない
「妖怪ウォッチってアニメ化してるの?」
と聞くと
「そうだよ〜!」
と至極当然の様な顔をして彼ら彼女らは言う
なんてこった
東京では妖怪ウォッチが『アニメ』に
なっていたんだ
このときに受けた僕の衝撃は
未だ忘れられず心中に刻まれた

当時はSNSなんて僕の周りには無い
入手できる情報なんて(小学生の身分で)
かなり限られているし
地元ではマイナーで 若干の冷遇を受けていたあの妖怪ウォッチが
既に東京では大流行していた…
これは地元で『テレビ東京』が映らなかったところが大きいのだけれど

聞くにテレビのミニコーナーで『コマさん』が主役を張って活躍しているとか言うじゃない(突然のオネエ化)
いやそんなの知らんやん
僕はそこで鮮烈なる『東京少年少女達』と
出会った

家に通してもらった
マンションの一室を僕はそこまでキラキラした目で見ることはなかった
けれども直ぐに次男坊がリモコンを持って
TVを点ける

『ゲラゲラポー ゲラゲラポー
ゲラゲラポッポ ゲラゲラポー』と
奇っ怪に踊りだすウィスパーと
それを見ていた長女に次男坊
僕はテレビの画面に釘付けだった
目が離せない
なんてこった…
マジにアニメ化してやがったよ!
そんな感動で初日は
ただひたすらに
『東京』に打ちのめされたんだ

現代・東京

就活が始まった
といっても僕は今となっちゃあ十九歳で
これもモラトリアムが終わりかけ
でもまだまだ子供でいたい
誰か守ってほしいなあ
そういう奇妙な歳になっていた

同世代の周りは皆 顔に化粧をして
あるいは洒落た服を着て
あるいは安い酒を飲んで
あるいは就職に悩んだりして
僕より千倍大人に見えた
今こんな事を書いていてもそう思う
小学生の頃にされていたAくんの噂話を
懐かしさを感じつつも友人に伝えれば
そんな記憶は誰にもなくって
みなインターンに悩み
みな自己推薦文に悩んでいた

それが正しいし
僕が孤独感を感じる謂れもないからこそ
嫌な気分になった

人生の転機は突然コロッと現れて
また去っていく
突如テレビに現れて
全国区に認知されては
もてはやされた僕という人間は
少しだけ自身の肯定感を高めつつも
やはり落ちていく未来を
悲観するしか無かった

僕という人間が
いかにクズで
いかに頭の悪い人間なのか
誰も知らなかった…
だから突然東京に旅に出た時は
些かの不安を抱いていた

そんな中
晩御飯を食べにおいでと
十年前に世話になった母さんの友人は
声をかけてくれた
僕はどんな顔をして
お邪魔すれば良いのか
よくわからなかった

東京少年少女達だって
十年時を経てるんだぜ

十年前・東京

妖怪ウォッチがマジでドン引きするほど面白かった僕はそのまま半狂乱でテレビに向かっていた
朝っぱらから
そしたら今度は皆が起きてきて
朝の報道番組を観ていた
『ZIP』は関西だと
何故か前半別番組で
後半からしか観ることができないのだけれど
驚いたことに東京であるから
すべての尺で観ることができた

データ放送の謎のあみだくじを
凄く必死で楽しんでいたと記憶している

色んなところに連れて行ってもらえた
藤子・F・不二雄ミュージアムは二度訪れたのだけれど
この十年前の一度みた光景が忘れられず
二度目の感動は薄かった

東京スカイツリーは
未だにエレベーターのボタンを連打して
こちらを見てニヤリとした
イタズラ好きのおじさんを忘れることができないし

けれどもどんなランドマークより
僕の心に残ったモノがここにある

散歩がてら外を歩いて
夜の八時を超えていたのに
母さんが『今日だけ』と言って
帰りのローソンで買ってくれたアイスクリームを片手に
東京少年少女達と
ゲラゲラポーを踊りながら帰った
あの、坂道

現代・東京

その日は田園調布の駅で待ち合わせをした
やけにソワソワしていたのは
十年経った『思い出』の変化に直面しているからかもしれなかった

車が現れて
僕の記憶とあまり変化のなかった母さんの友人が顔を出した
僕は会釈をして会話をしたあと
後部座席に乗せてもらった
そこには確かにあの時
十年前に笑いながら
あの奇妙な踊りを踊っていた少女が
ただ凛と座っていたけれど
僕は時を感じた

「久しぶりとは言っても、そもそも僕の記憶はありますか?」
少し照れたように
「いや、それがあんまり無いんです…」
なんて言う
そんな会話を繰り返して
彼女が高校生になっていたことに
僕はやはり緊張していた

僕よりも
よっぽど大人になっていた

十年前・東京

別れの日
僕はそういう所を
なんとかクールにやり過ごそうとするタイプで
ワーッと見切れるまでずっと手を振り続けるタイプじゃなかったから
東京少年少女達を前に
極めて普通に去ろうとした
でも結局
忘れられない一言を
次男が残していった

「今度来るまで!
妖怪ウォッチは
全部録画しておくからね!」

現代・東京

再会した次男に開口一番
「録っててくれた?妖怪ウォッチ」
と尋ねたら
「いやー、全然覚えて無かったッス」
一同笑い
僕も声を出して笑った
本当にキリっとした男前になっていて
やはり彼女もいるような?
良いニイチャンになっていた
言葉遣いの節々にあらゆる知性を感じるし
おもしろい人になっている

十年前まで赤ん坊で
人語を話すこともままならなかった末の子は
あまりに丁寧な言葉遣いで
僕に敬語を使っていた
とても嬉しかったのは
「最近観てるアニメとかあるの?」
と聞いて
「推しの子です」
と返ってきたから
「推しの子かー。僕はかぐや様ってアニメが好きなんだよねー」
と返すと
「かぐや様!原作者が同じ!」
そう言って口調が崩れたこと
嬉しかった

みんな大人になっていた

その十年の差を感じながら
また自分がなんだかずっと子供であることに
少し不安感を持ちながら
それでも本当に楽しく囲んだ食卓は
たぶん忘れたりできないだろう

明らかにひどく時間を使って
食卓の片付けが終わり
僕を送り出そうとしてくれる雰囲気の中
僕は作ってもらった大量の刺し身を
余すこと無く平らげようとした
このオヤツを食べきったら
帰ろうかという話の中
僕は物凄くゆっくりと
そのオヤツを食べていた
外の天気は雨だったけれど
もっと豪雨になってくれないかと
切に願った
迷惑はかけたくなかったけれど
そういう気遣いなしに
十年前みたあの世界と
もっと、
もっと…
そう思った

最後に車で送ってもらう事になった
車の中でポツリと呟いた

「いや、本当に涙出そうですよ
キモいかもしれないけど、キモいけど、
僕が過ごしたあの時間は
人生でもピカイチなんですよ」

嘘偽り無く事実だった
高校生になった彼女は言った

「私はあんまり覚えてないですけど
でもそんなに大事にしてくれてるって
凄い嬉しいんですよ」

僕は車の窓から外を眺めて泣いていた
できればバレないようにと思って
ナイタ

十年前・姫路

妖怪ウォッチのアニメが流行り始めたのは
それから二週間弱だった
youtubeで投稿された『ようかい体操第一』は恐ろしいブームを作り
学校中で取り憑かれたように皆踊りだした
僕がそれを何処か斜に構えていたのは
『ゲラゲラポー』を先に知っていて
アニメも一通り先に見ていた事から来る
優越感だったのかもしれない

現代・姫路

高校一年の時に
つらくて
しんどくて
誰にも認めてもらえず
悲しくて

でも最近は割と楽しいかも
姫路も意外と良いところかも
未来がどうなるかとか
そんなのよくわかんないけど

東京少年少女達へ
僕は生きたぞ
そしてまだまだ生きられるぞ!

また行きます、東京

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