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お返し断捨離【毎週SS×供養シリーズその3】

冬の寒さが和らいだある晴れの日。
私は彼女のお茶会に呼ばれた。
個人宅とは思えない広大な庭園に二人、ポツンと座っている。

「本日はどういった要件でしょうか?」

彼女は、それまで終始傍に置いていた風呂敷を私に手渡した。
目くばせで「開けてみて」と促してきた。
包みを開けると、専門書や参考書が積み重なっていた。
「それ、弟のなの」

手に取った本が鉛のように重く感じた。

「私と違って勉強できたのよね、あの子。ほんと、才能だわ」
「それで、これをどうなさるつもりで?」
「処分する機会がなくて困っていたのよ。当然、受け取ってもらえるわよね?」
「私も大分手狭なんですけど」
「捨てたら承知しないわよ」
ぴしゃりと釘を刺されてしまった。

かつて彼女には一人の弟がいた。
己の才能と重責とに苦悩し続けた彼女にとって
唯一にして最愛の家族だった。
その最期は、あまりにも残酷なものにしてしまった。

「手放す覚悟が出来た、ということですか」
「大した話じゃないわよ。ただ、何となくそういう気分になっただけ」

肩の荷が下りたのか、彼女はぐーっと背伸びをした。
「なんか、気分が軽くなったって感じよね」
「私は逆に荷が重いんですけど」
「別に気を負わせたいわけじゃないの。ただ、あの子のことを覚えててくれる人が一人でも多い方がいいってだけ。まぁ、なんかの役に立つなら好きに使って」

彼女にとってはひとつの断捨離なのかもしれない。
それと同時に一人の尊い人生を託されたことにほかならない。
私にはどうにも言葉にならない思いが渦巻いてきた。

「あなたも、早く楽になっちゃいなさいよね」
まるですべて見透かしたように、彼女は一瞬子供のような笑みを浮かべた。
いたずらごころなのか、それとも何か意図してなのか。
「どうでしょう、私にはまだ何とも……」
「そうやっていつまでもウダウダしたって仕方ないでしょ」
一足先に気持ちの整理がついた彼女は、
春の日差しのような優しい眼差しで庭の花を見つめていた。
(806文字)


もうすぐ新生活という人も、気分を一新したいひとも
この季節は掃除がしやすい時期なのでおすすめですね。

余談ですが、私の断捨離術は「入れ物や箱を減らすこと」です。
予め決めたスペースに収まらないものは処分する、と決めると
片付けがしやすいですよ。

企画概要はこちらから。


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