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嫌いな夏と嫌いなはずのキミ (行列のできるリモコンより)

世界は『リモコン』に依存する社会になった。

ある日、全ての電子機器が動かなくなった。
スマホはもちろんテレビやエアコンといったあらゆる電子製品が動かなくなり、世界中大混乱となった。
幸い、特定の赤外線波長を持つリモコンを操作することで、
一時的ではあるものの電子機器を使えるようになることが分かった。
まぁ私には到底理解なんかできやしないものだ。

そういう訳で、今の世界は『リモコン』なしでは生きられなくなった。
でなければ、電気のない生活を強いられることになるからだ。

私たちの学校も例にもれず、時代を逆行するかのように
教師が倉庫の奥から引っ張り出してきた黒板に板書をし、
鉛筆とノートで書く一昔前の授業が行われていた。

「えー、明日から夏休みに入るが、
みんなくれぐれも『リモコン』の使い過ぎに注意するように」
終業式にこんな話を聞かされるなど、一体だれが想像したことだろう。

ホームルームが終わると生徒たちは一目散に職員室の前に集まる。
学校に支給されたリモコンでスマホの疑似充電するためにおびただしい列が出来上がっている。
私もその一人ではある。
「なんか最近スマホ切れるの早くない?」
「それな。ウチの『リモコン』もうダメかもね」
「マジで?したらどーする」
聞こえてくるのは、待ち時間に娯楽に飢えた学生の最たる悩みの種ばかり。
私には無関係な会話だったから余計無味乾燥なものに聞こえた。

続々と下校する半分は顔さえ知らない同級生たちを
屋上のフェンス越しに眺めていた。
このご時世に部活で残る生徒など、
余程恵まれた学校か、親が金持ちかの二択だろう。
そうでない人は、この夏休みにやることなど決まっている。

「『リモコン』、持ってたりする?」
いきなりかけられた声にギョッとした。
息を切らしてるところからして、屋上まで駆け上がってきたのか。
「なんで?」
「職員室にあったやつがなくなった」
「誰か盗ってったんじゃん?」
「マジかよ。最低だろ」
今や『リモコン』は誰にとっても貴重だ。
いつか起きるだろうなとは思っていたけれど、まさか本当に盗むなんて。
きっと相当な覚悟の持ち主だったのだろう。
私にはそんな度胸などない。

「帰らねーの?」
「いいでしょ別に」
「それまだ聞ける?」
手に持っていた音楽プレーヤーを指さして聞いてきた。
「片方貸してよ」
「なんで」
「俺も聴きたいから」
「あんたの好きな曲とかないけど」
「なんでもいいって、ほら」
渋々片方のイヤホンを外し、渡す。
どさっと隣に座り、ふぅと息をつく。
お互い、顔は見ない。
夏の風が吹くだけで会話もない。
時折上空の雲が太陽を覆い、空気の変わり目は肌に伝ってくる。

「ほんとめんどくせぇよな、これ」
向こうで触ったイヤホンのケーブルの揺れが伝わる。
「別に、もう慣れたし。あとケーブル揺らすな」
「お前、ほんとに実家帰んの?」
「だったら何。別に、今じゃみんな似たようなもんでしょ」
「でもお前ん家」
「あんたに関係無いでしょ!」
思い出したくないから、考えたくないから一人になりたかったのに。
ふっ、と耳元にのぞまぬ沈黙が訪れた。
「あっ……」
『リモコン』の操作時間が切れ、音楽プレーヤーはだんまりを決め込んだ。
そして、堰が切れたように堪えていた涙を流した。
自分ではもうどうしようもなかった。
それでも、アイツは私の傍を離れなかった。

「なぁ。この後、どっか遊びに行かね?」
その声は微かに震えていた。

(1380文字)


人生半分、枯れ柳のようなこの私に「青春の香る」一作ですと!?
そんな甘酸っぱさ全開の作品をご所望とは、今回のお題も中々に難しい。
おかげで頭の中フル回転でへとへとです。
そんな煮詰まっていない作品でもよろしければ、どうぞ読んでくだされ!

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