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釣りに教育の原点をみる

何を釣りたいのか。

「さあ。釣りをしよう。」
そう思い立ったら、まず何をするべきか。
釣りの本を読む?
YouTubeで釣りの動画を見る?
釣具店に行って道具を買いそろえる?

違う。
釣りを始めようと思ったら「何を釣りたいか」決める必要がある。
言葉にすると当たり前のことのように見えるが、この部分が抜けていることはよくある。

実際に釣りを始めてみるとわかるが、狙う魚によって使う釣り竿や仕掛け、餌にいたるまですべてが違う。
釣りを始めるときに何を釣りたいか決める必要があるのではなくて、何を釣りたいか決まらないと釣りが始められないのだ。

もちろん。「釣れればなんでもいい」という気持ちで釣りを始める人もいるだろう。
でもそれは、「何でもいい魚」を釣りたいと決めてから始めていると思っている。
屁理屈みたいだが、釣りにとって「何を釣りたいか」ということはそれほど重要なことだと言える。

トライ&エラーの教科書

トライ&エラーという言葉はよく聞くが、釣りはそんな言葉を体現している。
やってみて、なかなか釣れなくて、餌を変えてみて、それでも釣れなくて。
今度は場所を変えてみて、やっと1匹釣りあげて。
同じ場所で粘ってみるも、その後は一向に釣れなくて。

そんなことが延々と続く。
何が正解で、何が間違っていたのか。
さっきは上手くいったのに今度は上手くいかない。

なぜ?なぜ?なぜ?を繰り返しながら何度も何度も挑戦し、失敗する。
何時間やっても、答えは見つからない。

これが本当のトライ&エラー。
やってみて失敗して、その失敗を活かして次は成功する。
そんな簡単なことはトライもしてなければエラーもしていない。

何度やっても答えが見つからない。
なんなら、まだ見つかっていない。
そんな体験を積み重ねることで
「もしかしたらこうかもしれない」
その程度の感覚が身についてくる。そういうことだと思った。

釣りと教育

そんな釣りは、実に教育的だ。
自分のやりたことを見つけ(釣りたい魚を見つけ)、どうやったら実現できるか考え、何度も何度もトライする。

正解がないからこそ、そこには自由なアイディアが生まれる。
社会に出て気づく。
世の中には正解のないものの方が多い。

正解ではなく、最善を探し続ける。
釣りはそんな体験をさせてくれる。

「さあ。今度は何を釣ろう?」


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