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「刃文」か、「刃紋」か


専門用語の難しさ

業界、界隈の専門用語というのは色々と難しいです。
歴史と伝統がある分野だと、特に。
刀剣業界も非常に専門性の高い用語が無数にあるのですが、
ちょくちょく判断が難しい言葉があります。
要は、調べても調べても、正解が分からない用語です。

個人的には「冠落とし」と「鵜の首」がその筆頭格で、
ちょくちょく、思い出したかのようにツイートしています。

このツイートに、あれやこれや、色々とぶら下げています。

人によって、どれが何を指すかが微妙に違う問題をザックリ図説。

「冠落とし」と「鵜の首」は非常に複雑で、
人によって両者を、同じもの、別のもの、違うけど兼ねられるもの、
とする線引きが変わってくるので、難解です。

鐔を作っていただいた片山さんの見解だと、こちら。

薙刀の刀身の冠(頭=先端の上方)を落としたから「冠落とし」。
図にすると、こんな感じです。

冠落としの由来の一説

「峰側を削ぐ」事を冠落としと例えた説とか、
戦場の組打(白兵戦)で「相手の首を落とす為の刃物」説とか、
色々ありますが、「諸説あり」という感じです。

作刀依頼で「冠落とし造り」を依頼したい方は、ご留意ください。
 

「刃文」と「刃紋」

今回のテーマ。「刃文」と「刃紋」。

私は現状、極力「刃文」と書くようにしています。
意識せず、あるいは確認をせずに誤変換で「刃紋」と書くことはあっても、
刀剣趣味に踏み込んでからは、「刃文」と書くよう気を付けていました。

そういえば、中学生とか高校生の頃は「刃紋」と書いていたと思います。
なんとなく。画数が多い方がカッコ良いから。

ただ、刀剣に関して色々調べている内に、
「『刃紋』は誤りで、正しくは『刃文』と書きます」
という表記を見て、そうだったのか! と驚いた記憶があります。
何を見たのか、どこに書かれていたのかは忘れてしまいましたが、
そう思って調べてみると、同様の意見や表記がたくさん見つかりました。
「よし、じゃあ『刃文』と書くようにしよう」
そう思って気をつけると、逆に、世の中の『刃紋』表記が気になります、

――ここは「刃紋」って書いてあるぞ?

『刃文』と書くのが正しい、と思っているので、
『刃紋』という表記を見ると「間違っている」と思ってしまいます。
ただ、冷静に考えると、
「刃文が正しく、刃紋は誤り」という話の根拠は不確かで、
ふわっとした「正しい事」になっています。
 

色々探してみよう

葵美術 さん

資料的ページでは「刃紋」で統一
商品ページには「刃紋」「刃文」混在


○ 銀座長州屋 さん

検索結果は「刃文」のみ


銀座誠友堂 さん

自社製品のページでは「刃紋」表記


○ 永楽堂 さん

「刃文」「刃紋」が混在


刀剣杉田 さん

「刃文」「刃紋」が混在

刀剣専門店でも、表記には色々なパターンがあります。
ここには転載しませんが刀剣愛好家の皆様のブログ等でも、
様々な意見、使い分けがあり、正誤に対する言及も見受けられます。
 

Wikipedia(刃文)

「刃紋」は誤記である、との事

Wikipedia は、ある意味で間口が広く、刀剣趣味を持つ方々以外の目にも
触れる機会が多いんじゃないかな、と思います。
刀剣趣味に足を踏み入れたばかりの人にとっても情報源になっているかも。
そこに「刃紋」は誤記である、と書かれていると、
そのまま刷り込まれるかもしれない。
ただ、Wikipedia は色々な人達が編集しているので、情報としては不安定。

Wikipedia(日本刀)

ところが日本刀のページだと「刃紋」表記も混在

刀剣博物館(両国)

がっちり「刃文」で統一

ある意味、現代日本刀文化の中核とも言える刀剣美術館=日刀保は、
「刃文」表記を徹底しているようです。
刀剣美術館、日刀保、いずれのページにも「刃紋」表記は発見できず。
 

徳川美術館 公式 アカウント

一つのツイートの中に、
「直刃と呼ばれる乱れが少ない刃紋」と「本刀は大振りで刃文もにぎやか」
が混在しています。
 

個人的な着地点

私が短刀を作っていただいた、助光刀匠のツイートがこちら。

あー、時代的な違いもあるのか、と納得しました。
それ以上に、「どっちでも正解」というのは、心強いです。とても。

刀匠、水木良光さんのツイート。

こちらも「なるほど」と思ったご意見。
このツイートの後に、「《刃文》は“文”である方が適当」と続きます。

「文」と「紋」、漢字の意味や成立を考えると、また視野が広がります。

そして最後に、京都大学 エネルギー科学研究科の井上達雄 名誉教授が、
埼玉工業大学所属時代に書かれた『日本刀に息づく科学と技術』より引用。

なかんずく、日本刀は武士の魂として重んじられ、
いまなお美術品として伝承工芸の中で重要な地位を占めている。
ここでは、素材として用いられる和鋼の製造過程と
それによって作られる日本刀について考えよう。
とくに日本刀特有の反りと刃文ができる過程について、
変態・熱・力学の立場から解説する。
(間違いではないが、あまり刃紋とは言わない。
 天文、水文と同じく文様・パターンの意である。)

「日本刀に息づく科学と技術」


ここまでの色々な声を見て、自分なりに考えた結論は、
自然によって作られた線や形が「文」、
人の手と意思によって作られた線や形が「紋」、
なのかなぁ、という考えです。

「刃文」も「刃紋」も、どちらも正しいんだけど、
その美しい流線が生まれる過程で、
「俺の技術ですげぇ刃紋を描いてやるぜ!」
 ―― という意思を込めたものが『刃紋』、
「刃文は鉄や火が生み出す、大いなるもの」
 ―― みたいな人の手を超えた何かが生み出すのが『刃文』、
という理解はどうだろう、と考えたりしました。

表現する言葉として上手くまとまってないような気もしますが、
なんかこう、刀匠の伝承技術と、その先にある何かみたいな。


という感じで、一旦、自分なりに解釈してみたんだけど、
「俺の技術ですげぇ刃紋を描いてやるぜ!」
のトップランナーである大橋刀匠が、
「絵画的刃文」って漢字を使ってるので、一旦保留とします!
 

 
 

#刀 #日本刀 #刃文 #刃紋

ヘッダー画像:e 国宝 より「重要文化財:太刀 銘 光忠」

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