見出し画像

自分より相手のことを考える人がそばにいることのありがたみ

「あなたのためを思って」を強調して言ってくる人は避けたい。
しかし、信頼のおける人から指摘されることは素直に受け止めたい。
大人になってジブンに対して指摘されることは少なくなるのだから。

自分の経験談

とあるコミュニティで人間関係について悩まされました。
「あなたの言動に対して異を唱える者がいる」
そんなニュアンスのことを言われた経験があります。
その発言で、私はこのコミュニティから追い出されると思いました。
今思えば、当の本人が言っているだけで周囲は言ってないかもしれない。
しかし、当時はそんな余裕もなく。途端に、周囲が敵に見えるのです。

「あなたはコミュニティを壊す行為をしたから、謝ってくれたら許す」
「あなたがこのコミュニティに戻りやすいように、私が整えてあげる」

そんなことを言われたことがあります。
「~してあげる」と言われると、見下された気分になります。
そして、発言者はそれに気づいていない。

自らの言動は無意識で生まれる

自分の言動は無意識に生まれると思うんです。
自分の習慣や相手をどう見ているのか、がわかる。
そして、それを敏感に察する人もいる。

人は、他者から指摘されないと気づかないこともある。
いわゆる、「裸の王様」状態。
それは私も例外ではありません。

その発言者に指摘することなくその場を去りました。
この発言者と対峙するのが怖かった。
関わって発言するほどのエネルギーを持ち合わせていなかった。

この経験からの気づき

他者を無意識に傷つけたり、混乱させる人物は身近にいます。
その人物に対して、自ら指摘をするか否か。
指摘ができる人は勇気のある人だと思いました。

大人になると言動や習慣に関する指摘をしてもらうことは極めて少なくなります。
私が思うに、人は"自分ファースト"になるからだと思います。
"自分ファースト"の人がたくさんいる中で、自分より相手のことを考えて指摘する人がそばにいることの"ありがたさ"を学びました。


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?