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ゆきこさん

…でね、なんでか一緒に公園で飲むことになって吉田さんの声とか微妙に鼻が丸いところとかベンチに体育座りみたいにして座るところとかなんかいいなーって言うか好きかもなーって。その日はそのままじゃあねってそれぞれ帰ってさ。で連絡する用事も無いしどうしようかなって思って、吉田さん彼女いるかなとか全然知らないし。何日か経って向こうからLINE来てデートして付き合うみたいになったの。
『ふーん、そうなんだー。』
一応聞いてるよ的な感じで対応しようと思ってたけど長いしつまんないしだいたい吉田も辻も知らないしでそっけない言葉で返してしまった。
『今すごい楽しいの!』
あ、バレてなかった。つーかバレてもよかったのに。
『ゆきこは彼とはうまくいってるの?』
『今は彼氏とかいないよ。』
『えっ!別れちゃったの?寂しいね…。』
うるさい。
『でね、吉田さんがさ』
またはじまるのか、と思った所でピンポーンとチャイムが鳴ってチズの一方的な会話を止めてくれた。
『あ、ごめん荷物来たみたい。また連絡するねー』
『えっ、あ、でもゆきこ全然連絡してこないからなー。』
あーうるさい。
『いや、するよー。するする。またねチズ。』
やっと解放された。
チズって一緒に遊んでた頃はもっとおもしろい人だったのにな。
それとも私が変わっちゃったのか。
ピンポーンともう一度急かされて玄関へ向かった。

やっと届いた!
折り畳みできる自転車。
アマゾン見てたら急に欲しくなって買ってしまった。
でっかい段ボールをビリビリ開けると新しい自転車のにおいがした。
新品の柔らかいにおい。
部屋の中にもそれが広がった。

早速近くの自転車屋に行って鍵とか買った。
『このままサイクリングだな相棒よ。』
家の近くの公園にビール買って向かった。
アイス食べてる子どもとすれ違って夏が近いな、とか思ってワクワクした。

公園に着いたらお酒飲んじゃ駄目って看板が出てた。
座ろうとしてたベンチも撤去されてた。
最近TVあんまり見てないし、ニュースも見てないから忘れてた。
自転車屋のおじさんも自転車届けてくれたお兄さんもチズも知らない吉田さんも辻ちゃんもみんなマスクしてる。
さっきのアイス食べてる子どももマスク顎に引っ掛けてた。
私もマスクしてること思い出して自分の湿った息の匂いが嫌で腹が立った。
自転車なんて買ってなにしてんだろ私。
ていうか今何日だっけ?
何曜日?何月?次ほんとに夏?

『あ、ゆきこさん自転車届いたんだー。』
年下くん。
『偶然だね。年下くん。』
もやもやした気持ちが急に落ち着いた。
『いや、名前で呼んでよ。』
口を尖らせてがっかりした顔をする年下くんが可愛くなぜだか色気があった。
こないだのセックスの事を思い出した。
『で、今日もいきなり来たけどどうしたの?』
『いやいや、約束してたでしょうよ!忘れてたの?』
すっかり忘れてた。
『忘れてないよ。冗談です。』
『まあ、いいけどさ。ゆきこさんのそういうのにはいい加減慣れましたよ。』
この人は私の足りない部分も好きになってくれてるのかもな。
そう思ったら胸がじんわりとあたたかくなって涙が出てきそうだった。
『お腹空いたからゆきこさん家でなんか食べようよ。』
そういえばお腹空いた。
ビールはもういいや。
年下くんは私がいつもより元気ない事に気づいたのか頭を撫でてくれた。
『うん、なんもないからなんか頼んで食べようか。』

私たちは部屋に入ってすぐお互いの服を脱がした。
年下くんは汗ばんでいてジーンズを脱がすのに苦労した。
私を上に乗せて『いつものピザにしようか』と年下くんは言って私のお腹の肉をつまんだ。私も年下くんのお腹の肉をつまんだ。
この部屋で太っていく私たちを想像して笑ってしまった。

ピザを食べながらTVを見た。
ニュースが流れると少し落ち着かないような気持ちになる。
『オリンピックやんのかなぁ。』
年下くんのなんとなくの問いを私は流した。
小さなTVの向こうで起こっている大きなうねりが私たちを飲み込んでいこうとする。
私は別にオリンピックなんてどうだっていい。
ピザが美味しいって事と、もう一回シて欲しいって事だけが今で、これからの事なんてどうだっていい。
この部屋の外の事なんて知りたくない。
TVは距離や時間や嘘やホントをごちゃごちゃにしたピザのにせものみたい。
私たちのピザは完璧に美味しくて特別だ。
私はTVを消して年下くんの上にまたがった。
『もう一回?』
笑って年下くんはピザをもぐもぐしなから言った。
『そう、私が助けてあげます。』
『ん?何から?』
『私たちに関係のない世界の全部から。』
『ハハ、よくわかんないけどなんかカッコいいね。』

サポートしてもらえたらすっごい嬉しい。内容くだらないけどね。