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雲のうえ

 きっかけは北九州にでかけたことである。
 ぼくの数十年来の友人、LA在住のアーティスト瑪瑙ルンナ氏についてのドキュメンタリーWho is Lun*na Menoh?が、門司で開かれる映画祭Rising Sun Film Festivalでワールドプレミアになるというので、応援を兼ねて見に行ったのである。映画祭は謎に満ちていて、いまだになんだったのかよくわからない(どうも北九州在住の外国人が中心になってやっているようなのだが……)。だが、映画はとっても楽しかったし、小倉も門司も素晴らしい街だった。一ヶ月くらい、訳稿かかえて缶詰になりにいくのもいいなあ、と思ったくらいだ。

 そういうわけで、はじめて訪れた町のはじめて泊まるホテルで、『雲のうえ』に出会ったのである。
 ホテルのロビーに置いてあったのが第13号「夜のまち」(2010年9月)と第19号「とどけ、歌」(2013年11月)である。なんの気なしに手に取った雑誌のセンスの良さにびっくりした。写真がどれも素晴らしく、タイトル・ロゴを持たずに表紙にそのまま入れ込んでしまうのには並々ならぬ自信を感じさせる。中身はもちろん北九州の町についてである。「北九州にぎわいづくり懇話会」なる組織が発行しているタウン誌なのである。だから「夜のまち」号では小倉や門司のスナックやパブ、夜のお店が紹介される(第32号「すし並一人前から眺める北九州」では寿司屋の紹介だ)。店の紹介だがそこで紹介されるのは店ではない。『雲のうえ』が紹介するのはあくまでもそこに立っている人である。店の紹介ならお店のオーナー、歌の号なら歌唱サークルから北九州の愛唱歌にまつわる人々を紹介する。特別なセレブリティではない。語られるのは市井の一般人の平凡な人生である。いや、そこには「一般人」などいないし、「平凡」な人生もない。すべての人が特別な人生を送る特別な人々であることを、『雲のうえ』は訴えるのだ。

 これはもう、最新号を手に入れるしかない。短い滞在期間中、門司港の古本屋に出かけた。特段何も調べずに出かけたら、なんとその日は店休日! 閉まったシャッターの前で「がーん!」と立ち尽くしていたら、たまたま車で通りがかった人が見かねて声をかけてくれた。
「開けましょうか?」
 なんと古本屋の店主だったのだ! ありがたくも開けていただき、当然なにがしかの本を購入するためにレジに行ったら、そこに『雲のうえ』の最新号が置いてあるではないか!
「あーこれ、これは面白いよねえ。いや、いちばん好きなのは方言の号(第17号)なんよね。「りごう」って知っちょう? これ見てみんな“それ標準語ちゃうん?”って言いおったんよ。ちょう待って……」
 てな調子で奥に行ってバックナンバーを取ってくると、第17号を一ページずつめくって、北九州方言のあれこれを説明してくれたのである。おまけに「これダブってるからあげる」とバックナンバーを多数プレゼントしてくれたのだ。なんというもてなしの良さ。
 こうなったらもう集めるしかないだろ。
 ぼくはまったく知らなかったのだが、そもそも『雲のうえ』は「日本で最も美しいフリーマガジン」と呼ばれるほどの有名タウン誌だったのだという。デザイン、編集、執筆、写真と一流ばかりが集まった奇跡的な雑誌ができあがったのも、北九州どこへ行っても感じるもてなしの良さとつながるかもしれない。さっそく「北九州にぎわいづくり懇話会」に連絡し、あるかぎりのバックナンバーを送ってもらうところからはじまった。とりあえず、最初の5号に関しては合本で書籍化されているそうなので、それを入手するところから。これを集めるために、北九州の古本屋めぐりをすることになるのかな。

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