恣意(しい)
寡頭制のもとでは貧富の格差を背景に、無為徒食のならず者が生まれます。
金持ちが支配する寡頭制の後に民主制が来るとプラトンは言いました。
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同じ頃、「人間は万物の尺度である」で知られるプロタゴラスも活躍していました。
彼は、絶対的な真理は存在せず、価値は人間=個人によって異なるという相対主義の提唱者といったところでしょうか。
https://note.com/gashin_syoutan/n/n0710dac6ddd7
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日経新聞からの切り抜き。
田中社長が恣意的に選挙制を取り入れたと考える人はいないはず。
同じ日の日経新聞から。
「ちょっと何言っているかわかんない」 by サンドイッチマン
だって、同じ規約には「選挙で委員を選出」と書いてあるんですよね(笑)。
明らかに恣意的ですよね。
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田中さんは、派閥を作らないために選挙をする。つまり、選挙は会社を職員に信用してもらうための制度や仕組みとの理解。
一方、共産党の機関紙「しんぶん赤旗」は党員が党首公選制の導入を求めるのは、党内に「派閥・分派はつくらない」とする規約と綱領からの逸脱と。
ところで、委員長の志位(しい)さんはなんと言ってるかと言えば、
「しんぶん赤旗」の論評は「的確な内容だ」って、さすが、志位さんら しい発言ですね。
参考にしてください(笑)。
ちなみに、上述の共産党の松竹伸幸氏が、なんと言っているかと申しますと
独裁政治ってあなた、詭弁を弄しているのは、志位さん、松竹さん、さあ、どっち?
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民主制においては、どのような仕事や生き方をしてきたかと無関係に、ただ大衆に「好意を持っている」と言いさえすれば人気者になれるのです。
ソフィストとは前5世紀頃、ポリス市民に弁論術や自然科学などを教えて報酬を受ける家庭教師のことで、本来「知恵ある者」を意味していました。ところが、真理の探究よりも、相手を論破することに力を注いだ結果、詭弁を弄することに。
ソフィストの代表が前述のプロタゴラスでした。
一方、対話によって絶対的な真理を目指そうとしたのがソクラテス。
そして、対話編でソクラテスの口からソフィスト批判を展開したのがプラトンだったのです。
プラトンは、船員が「航海術など存在しないと信じている無能者」=「操舵手を役立たずのスターゲイザー(星をただ見つめる者)として扱う愚か者」ばかりの船のように、デモクラティア(民主制)というものは無知で貧しい人々に迎合することで善良な統治を破壊する「見かけ倒しの発明」=「劇場支配制」と言いました。
うーん、納得。
だって、民主制とは、大衆が永久不変の政治法則に逆らってあらゆることに口を出す資格を得ることですからね。
もし、政治の舞台に詭弁を弄するソフィストが現れるとどうなるでしょう。
そうです、公共の利益を守るという美辞麗句で大衆をそそのかし、力のある者が無法者のように振る舞う統治=独裁が可能になりますよね。
誰にでも優しくほほ笑みかけて、自分が独裁者であることをひた隠しにしながら、持てる人々から財産を取り上げ、大部分を自分で着服しながら、残りを民衆に分配しつつ、民主制を廃止するのが独裁者。
次に、独裁者がやることと言えば、民衆が指導者を必要とする状態におくために絶えず戦争をしかけ、有能な人材を粛清すること。
プラトンにとって民主制とは、人民が支配しているように見えながら、実際には支配されている偽りの政治だったのです。
オイラ、民主制を否定しているのではありませんよ。むしろ、民主制の危険性を知った上で民主制と向き合うべきと言っているのですから、誤解のないように。
「トップが率先して派閥解消のために選挙制度を取り入れた会社」と「派閥を作らないためとして、規約に記載されている選挙を否定する人がトップの組織」、信用がおけるのは、さて、どっち?
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