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水からいちばん近いところで①【日記】伊予柑をあげるよ

僕らはコンビニで待ち合わせた。
遅れてやってきた友達は買い物するって言ってコンビニの中へ入っていった。
僕は大きめの空のダンボール箱を持っていたので外で待っていた。
少したって友達が缶コーヒーを持って出てきた。
そして彼は言った。

「サンドイッチを買わなくてよかった。危なかった」

「なんで?」

と、僕は彼に訊いた。

「財布をあけたら160円しか入ってなかった」

僕は彼が缶コーヒーとサンドイッチをレジに持っていったもうひとつの世界を想像する。

・・・・

レジに並ぶ
   ↓
財布を開けて自分が160円しか所持していないことをはじめて知る
   ↓
1.5秒ほど魂が体から抜ける
   ↓
魂は彼の体内に戻り「おい、外におまえの友達が待っているぞ」と周囲の人に聞こえないほどの声で囁く
   ↓
急いで彼は缶コーヒーとサンドイッチを持ったまま僕にお金を借りようとして店外へ
   ↓
異変に気づく周囲の人
   ↓
問答無用で取り押さえられて、そのまま逮捕。

・・・・

「気づいて良かったね、本当に」

と僕は心を込めて彼に言った。

そして僕らは速やかに彼の車に乗り込み僕の実家へ。

なぜ僕の実家に向かっているかと言うと、母(88歳ひとりぐらしで今んとこ元気)が大量に購入した伊予柑を、半分ほど彼に引き取ってもらうためである。これは近年の恒例行事となりつつある。

*団地の2階に住んでんだけど、どうやって持って上がったのかは不明。

僕が持ってきたダンボール箱に伊予柑を詰めていると

「これも○○君にあげて」

と、母は僕が学生のころに着ていたセーターとビーズを編み込んでできた、わけのわからないハンドバッグを紙袋に入れて持ってきた。

「着れるかなぁ、アイツまあまあデカいよ」

「最近寒くなったから持っていき」

僕は聞きわけのいい息子なので母の言う通り、車の中で待っていた彼に伊予柑とセーターとわけのわからないハンドバッグを手渡した。その間、母は窓のカーテンの隙間から僕らの行動を見ていた。

「あ、ありがとう。だいぶあるな」

少し驚いた様子だったけど喜んでくれた。
彼もまた聞きわけのいい僕の古くからの友だちで、入院中の軟菜食の味付けぐらい優しい。

そして、母がピシャリとカーテンを閉めたと同時に僕らのドライブはスタートした。

つづく

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