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失われている所作

アルノルドゥス・モンタヌスというオランダ人が描いた日本の情景を過去に幾つか紹介したことがあるが、前提としてモンタヌスは来日経験が無い、ということを忘れてはいけない。

これを踏まえて彼の遺したイラストを見ていこうと思う。

モンタヌスの描いた日本のイラストはどれも秀逸で、一見の価値があると思う。
勿論、来日経験が無いので伝えられた記録をもとにして描かれているにしてもだ。
何が凄いというと、その描き込みの緻密さではないかと思う。
正確さを欠いているとはいえ、細部まで細かく描かれているので、当時は本当にこのような景観が広がっていたのではないか、と思えるほどに仕上がっている。

海辺に無造作に建てられている神像
今日では見ることのできない神の姿
ありそうでない神々の像

こうしたものは言ってみればいわゆる「出鱈目」と言っていいのかもしれない。
しかし数百年も前の日本の姿を誰が知っているのだろうか。
「こんなものは嘘だ」と一笑に付す前に、少しだけでも考える余裕が欲しいものだと思う。

その中で日本人の所作についても描かれている箇所がある。

「お辞儀」をする人々

今この瞬間にも、日本のどこかで行われているであろう「お辞儀」の一瞬を切り取ったものだ。
これを見てどう思われるだろうか。
現代人から見ると少々大げさではないか、と。

そしてこれはモンタヌスという来日経験のない人物が描いたもの、ということも念頭に置いておかなければならない。
記録から察するに、おそらくお辞儀とはこのようなものだろう、という想像が働いているのではないかと思われる。

そこでもう一人、日本史を残した人物がいる。
エンゲルベルト・ケンペルというドイツ出身の医師、学者である。

この人物はモンタヌスよりも後の年代の人で、17世紀後半に来日した経験がある。
そして何より直接目にしたことや経験を鮮度の高い状態を保ったまま記録を残している。
この人物はなかなかの人で、日本の役人の目を盗んで秘密裏に測量を行ったり、将軍に謁見したりと非常に活発に日本の生活を謳歌したようだ。

そしてこのケンペルは色々な絵も残している。
絵というよりも、日本語の文字そのものを残している。
言い方が変かもしれないが、ドイツ人が日本語で色々書き残す、というのは並大抵のことではないと思う。

エンゲルベルト・ケンペル
将軍に謁見中のケンペル一行
ケンペルが残した歴代天皇の名前
味わい深い漢字

そしてケンペルもまたモンタヌス同様、日本人のお辞儀を描いている。

ケンペルの描いたお辞儀

「まつしまシントウテンプル」という表題の絵の中にこれがある。
おそらく松島神社ということなのだろう。
モンタヌスは来日しておらず、あのようなお辞儀を描いた。
そして当の我々は少し大袈裟だろうと思う。
ケンペルは来日して、上のようなお辞儀を描いた。

実際に来日した外国人が描いた、というのは割と重要視すべきではと思う。

もしかしたら数百年前の日本人は、本当にこのように大きくこうべを垂れてお辞儀をしていたのかも知れない。

ひとつだけ気になることと言えば、この両者ともに絵のタッチがほぼ変わらない、ということだろうか。
時代と人物が違うにも拘らず、絵のタッチが酷似しているのは、どちらかがどちらかの絵を参考にしたのかもしれない。
だとするとやはり大袈裟に描いたことになる。
こういうことは常に頭の片隅に置いておかなければならないと思う。

とはいえ実際のところ、今では失伝されている所作、動作というものが無数にあるのではないだろうか。
本物のマナーを貫徹すると一体どんなことになるのか、とても面白いことになりそうだ。


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