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石膏像を作っています6月16日 石膏像の楽しみ


上の写真は、後方が、古代ローマ初代皇帝アウグストゥス時代の政治家アグリッパの胸像。手前に二つ並んでいる頭部は、やはり古代ローマ共和制末期の政治家ブルータスの像。

同じ古代ローマ時代の政治家の彫像ですが、この二つには大きな違いがあります。どういうことだか分かりますか?

それは彫像が製作された年代です。アグリッパ像が製作されたのは西暦24年頃、ブルータス像は1540年で、この二つの彫像の間には約1500年の時間が横たわっています。モデルとなった人物は二人ともほぼ同時代を生きた人なのに、肖像彫刻としての製作年代には大きな開きがあります。不思議だとは思いませんか?古代ローマから千年以上の時を経たルネサンス期に、なぜ彫刻家は1500年も前の政治家の彫像を作ろうと思ったのでしょうか?

ここに石膏像という存在を楽しむためのヒントが隠されています。

私の工房で取り扱う石膏像のほとんどは人物の姿をかたどったものです。神々や精霊のような存在の石膏像もありますが、やはりそれらは人の姿に似通っています。石膏像≒肖像彫刻と考えた場合に、その石膏像を前にして私が検討するのは以下のような要素です。

①肖像のモデルは誰なのか?(神、人物、概念など)
②製作年代・製作場所・作者(製作時の状況)
③発掘場所・発掘者(再発見時の状況)
④収蔵美術館

ひとつの石膏像について検討した場合、①~④の要素が全て明らかになる例はそれほど多くはありません。古代文明の作品だったら、多くの場合作者はよく分かりません。作者名が判明しても、その作者についての実像はほとんど不明という例もたくさんあります。またモデルとなった人物についても揺らぎがある場合が多々あります。③の発掘の事情についても曖昧なケースはたくさんあります(よく分からないけど、この彫像は15世紀頃からこの宮殿にあったんだよ…というような)。

これは要するに考古学の楽しみと同じです。過去の有名彫刻の写しである石膏像は、単なる白い人形ではありません。モデルはどんな人物なのか?作者はどんな動機でその彫像を作ったのか?彫像が完成した後に辿った運命は?どんな時代に土中に没し、どれくらいの時間が経過した後に、どんな人達によって再発見され再評価されたのか?

こういった疑問を、書籍やネットの情報を頼りに検証してゆく作業はとても楽しいものです。

そういうことって何かの本に書いてあるんじゃない?とお思いになりますか?残念ながら日本にはこれまでそういった書籍は皆無と言ってよい状況でした(「恋する石膏像」という良書もありましたが、あれはあくまでデッサン技法が中心)。西洋彫刻自体に関する出版物がとても少ない状況ですし、ましてやそういった彫刻作品と複製物である石膏像を結び付けて論ずる書籍はほとんど存在しなかったのです。

ということで私が「石膏像図鑑」を作りました。

膨大な時間と労力を費やして製作した書籍ですが、ひとつひとつの石膏像に関する情報を明らかにしてゆく作業は、知的好奇心に溢れたとても楽しい時間でした。日々こちらのnoteにアップしている記事は、ほぼ書籍の文章そのままです。これは皆さんにもぜひ石膏像について興味を持っていただき、その文化的な背景を楽しんでいただきたいという思いからです。


明日からこのnoteではルネサンス編をスタートします。25品目ありますので、7月後半くらいまで続きます。ルネサンスの時代は彫刻家に関連した情報が文章化され後世に残されていますし、作品の多くは土中に埋もれずに現代へと継承されています。古代文明と比較すると情報が豊かで、石膏像にまつわるストーリーも面白いものがたくさんあります。

冒頭のブルータス像は、ルネサンス期の巨匠ミケランジェロの作品です。このブルータス像の記事もとても面白いですから、ぜひご期待ください。






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