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古美術エッセイ選

質問がよく来ていたので、心に残ったものをいくつか紹介します。学術書でも美術書でもなくあくまで美術エッセイです。
現代アート系のエッセイの方が著者の思想が前面に出てきて面白いかもしれませんが、今回は古いところでまとめています。

①徐京植『私の西洋美術巡礼』

在日朝鮮人二世の美術批評家のエッセイ。本書は単純な旅行記でも評論でもなく、自分のあやふやなアイデンティティを持って、厳然と聳える名画に対峙した時のどうしようもない自らの脆さを嘆くところが胸をうちます。芸術を観るとは自分を観ることと言われますが、その意味がもっとも強烈に吐き出された本書は、長く読み継がれて欲しい名著だと思います。

人生をぶつけるような鑑賞体験をいつしたかなあと、考えたくなる激情の本です。

②坂田和實『ひとりよがりのものさし』

各界隈に深く影響を与えた伝説の古道具商の主人が書いたエッセイ。美術でも骨董でも、自分の眼を持つことの大切さを訴えています。内容は単純ですし、特別な思想はありませんが、いざ自分の眼を持とうとしてもなかなかうまくいかない、待てよ、自分の眼とはなんだ?とじっくり考えることになります。「滋味深い」という言葉がぴったりの稀有な一冊です。

③マリオ・プラーツ『生の館』

ヴィスコンティの映画『家族の肖像』のモデルになったとされる、稀代の碩学プラーツが、自らローマの一室に蒐集したものたちをひたすら「愛でる」という変わった本です。それぞれの蘊蓄の裏にある重厚な学識と、迫りくる老いと死の影が漂う書きぶりが、古めかしさと相まって極上の読みごたえになっています。耽美主義者の方は一読してください。

④清河八郎『西遊草』

幕末の志士が江戸から西国まで母とともに旅するという旅行記ですが、ところどころに驚愕のエピソードが出てきます。清河はどうやら美術品を鑑賞することに並々ならぬ情熱があり、江戸城に出入りの商人として潜入し、城内の絵を鑑賞したり、大徳寺の拝観は厳しいと愚痴を漏らしたりと、今日のアート・ウォッチャーの先祖とも位置付けられそうな人です。

大阪城の潜入に失敗する話や、当時の寺社がどのように文化財を扱っていたかも見えてきて、歴史的興味がそそられます。

⑤澤木四方吉『美術の都』

大正時代にヨーロッパを回った、西洋美術史家の走りである澤木の旅行記。堂々とした書きぶりで初めて見たという喜びと、早口で喋りたてるような知識をつらつら書いていて、読んでいて微笑ましいものがあります。いいとこの出身で満を持して滞欧していることから、最初に挙げた徐の著作と比べて苦悩や屈折は感じられません。

芸術に国境はないのでしょうが、芸術家や鑑賞者には厳然としてあるのだということと、チープな普遍性に騙されないようにしてください。

筆者は実際のところあまりエッセイを読まないので、おすすめがございましたら教えてください。

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