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イジゲンメトロ -7

 浜田くんが回復すると、薄暗い中、私たちは改札の方向へと移動を始めた。

 記憶によると〝デブっちょ浜田〟は、とても気が弱かったはずだから、ここらで弱音を吐いてもおかしくはなかった。にもかかわらず、あの夏も彼は、黙って私の後を付いて来た。よっぽどキイちゃんに、思い入れがあるのだろうか。

 二人は保育園のときからの、幼なじみだと聞いていた。私がキイちゃんと仲良くなったのは三年生のとき同じクラスになってからだから、浜田くんとのほうが、ずっと付き合いは長かったわけだ。

 そんなことを考えているうちに、改札の前に着いた。中には常夜灯がところどころ点いていて、通路よりはずっと明るかった。それでも普通の地下鉄構内と比べれば、やはり薄気味悪さは否めない。

「どうする? 行く?」

 私の後ろに隠れるようにのぞき込む浜田くんは、見るからに腰が引けていた。強烈なおびえの感情も、伝わってくる。

「もちろん行くよ。だってキイちゃんがこっちに向ったの、間違いないもん」

 私は自分の中にちょっとだけ、いじわるな気持ちを感じながら答えていた。果たして、どんな反応が返ってくるだろう?

 浜田くんが、ごくり、と生唾を飲み込む。

「そうだよね。行こう」

 お、予想外に男らしいセリフ。それだけキイちゃんと、会いたいってことだろう。

 私は前に立って歩きながら、小学生のころのことを思い出していた。

 私が浜田くんのことを認識したのは五年生になってすぐ、キイちゃんが長い入院に入ってからだった。最初のうちはちょくちょくお見舞いに行っていたので、そのときの様子を聞かれたのが最初だと思う。

 もちろん同じクラスだったわけだから顔見知りではあったのだろうけれど、それ以前の記憶はほとんど残っていなかった。キイちゃんとも、浜田くんの話をしたことはないと思う。だから私が、二人の関係を知らなくても不思議はなかった。

 改札を入って、手近な階段へと向かう。横にはエスカレーターもあったが、もちろん動いていないし、手前のパネルが外されていたので階段を使うしかなかった。階段に電気は点いておらず、やはり降りるごとに暗さが増していっていた。

 それでも以前来たときと同様、駅の構内に汚れた様子はほとんどなかった。ここまでできていながら、どうして使われなかったのだろうと、改めて疑問に思う。

 この路線が開通した当時、終点がもっと先になる予定だったという話は聞いたことがあった。けれどここに駅が存在していることを知っている人とは会ったことがないし、どうしてか私も、誰にも話をした記憶はない。

 その後、クラスで話題に上ることもなかったので、きっと浜田くんも黙っていたのだろう。夏休みが明けてすぐ、キイちゃんのお葬式があったし、それどころではなかったのかもしれない。

「相原さん、待ってよ」

 背後から、心細そうな声がした。

「うん、待ってるよ。大丈夫」

 ちょっとかわいそうになって、私は優しく答えた。でも気を付けないと、中身が大人だということがバレてしまうかもしれない。

 私にだけ記憶が残っているのにも、何か意味があるのだろうか。キイちゃんお願い、答えてよ。私はチャネリングを試みたが、答が返ってくる気配はなかった。

「ごめん、もういいよ」

 浜田くんが二、三段上から、声を掛けてきた。恐らく、かなり恐いのだろう。唇が、紫色になっている。それでもこうして付いて来るのだから、見掛けによらずたいしたものだ。

 私は再び、前方へと身体を向けた。地下二階の踊り場までは、残り三分の一ほど。夏休みのあの日、浜田くんが行けたのは、確か地下三階までだった。

 何が起きたのかは分らないが、ホームへ降りる階段の前で気を失ってしまい、しばらくのあいだ目を覚まさなかったからだ。

 実はその前後から、私自身の記憶もはっきりしなかった。ホームでキイちゃんの乗る電車を見送ったことはうっすらと覚えているのだが、その前に何か話をしたかは、まったく思い出せなかった。

 とりあえずこのまま、地下三階まで進もう。次のことはまたそこで、考えればいい。まずは、どうして私たちがここに呼ばれたのか、その理由を突き止める必要があった。

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