イジゲンメトロ -2
相変わらず顔が広いミホのおかげで、ほんの二日ほどで無事、浜田くんの電話番号を手に入れることができた。
けれどさすがに、ダイヤルするのは気が引けた。浜田くんとは特に仲が良かったわけでもないので、十中八九、私のことなど忘れてしまっているはずだ。
でも、電話しないわけにはいかなかった。他でもない、キイちゃんがSOSを求めているのだから。最終的には断られるとしても、浜田くんには、話だけでも聞いてもらわなければならない。
それにキイちゃんが言うには、浜田くんにもだいたいの話はしてあるそうだ。その話を、浜田くんがちゃんと受け止められているのかは定かでないけれど。
私は大きく息を吸い、その倍の時間を掛けて肺の中の空気をゆっくりと吐き切った。瞑想をするときの、呼吸法だ。それを何度かくり返すうち、神経が徐々に落ち着いてくるのを感じた。
最後にゆっくりと自分の状態を観察してから、私はおもむろにスマホを取り上げ、ミホに教えてもらった番号に電話した。呼び出し音を聞きながら目を閉じ、再び深呼吸をする。
けれどなかなか、電話はつながらなかった。仕事中だろうか。あまり長いこと鳴らし続けていたら、迷惑になるかもしれない。キイちゃんによると、いま彼は忙しいらしいから。
さらに二度ほどコールし、あきらめ掛けたそのとき耳元で声がした。
「はい、浜田です」
私は慌て、スマホを取り落としそうになる。
「あ、えっと、私、小学校のときに一緒のクラスだった、相原ミズキっていいます。あの、いきなり電話なんかして、ごめんね」
なんとかつかみ直してそう言うと、回線の向こうに重い沈黙が流れた。
「なぜなぜ星人……」
茫然とつぶやくようなニュアンスの中には、私からの電話を予期していた様子は見受けられなかった。
「どうしてみんな、そのあだ名を? まぁ、いいや。あのね、キイちゃんのことなんだけど……」
私は向こうの出方を探るつもりで、その名前を口にしてみた。
「田代の?」
浜田くんは用心深く、キイちゃんの名字を口にする。その口調に、私は確信した。間違いない、浜田くんはもう、知っている。
「うん、そう。浜田くんも、キイちゃんから聞いてるでしょ?」
かまを掛けてみると、明らかにひるんだ様子が伝わってきた。そして、なにか言いよどむ様子で、ため息混じりの息を吐く。
「何を聞くんだよ? 死んじゃってるのに、どうやって聞くの?」
浜田くんの言うとおり、キイちゃんは私たちが五年生のとき、小児ガンで亡くなっていた。でも、亡くなったからといって話ができないわけじゃない。
とはいえ全否定されるとは思っていなかったので、返す言葉に詰まった。浜田くんの口調に怒りは感じられなかったものの、警戒されてしまったのは間違いない。
「あのさ、相原さん。申し訳ないけどオレ、ちょっといま、忙しいんだ」
私が言葉を探しているあいだに、浜田くんが続けた。その声にはいら立ちとともに、明らかにおびえが感じられた。そうか、相手がキイちゃんだと分っていても、やっぱり死者は恐いのか。
「会議、抜け出して来ててさ。悪いけど、戻っていいかな?」
「ちょっと待って。だったら、いまじゃなくていいから。都合のいいときに、連絡してくれない? もっと詳しく話すから。ね、お願い」
でも私も、おいそれと引き下がるわけにはいかなかった。せめて話だけでも聞いてもらわないと、キイちゃんに合わせる顔がない。
「五年生の夏休みに、いっしょに地下鉄の駅に行ったこと、覚えてる? あのときに、関係したことなの。話を聞くだけなら、いいでしょ?」
決めかねている様子の沈黙に、私はそう、付け加えた。なんとか少しでも、気を引きたかった。
「うーん……」
まだ、迷っている。私は息を呑み、じっと待った。待つのは仕事柄、慣れている。
「多分、夜になっちゃうと思うけど。この番号に、折り返せばいいの?」
よしっ、やはり待つことの効果は絶大だ。
「うん、何時でもいいから。待ってるね」
言ったそばから、電話が切れた。
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