イジゲンメトロ -10
『キイちゃん? どこにいるの? 突然いなくなって、びっくりしたわ……』
私は救われた思いで、こころの中で呼び掛けた。
『ごめんね、ミズキちゃん。私はもう、そっちの世界には入れないから、ああやって影を見せるしかなかったの』
『影?』と、私は聞き返す。
『いい? 驚かないで聞いてね。いまミズキちゃんたちのいるそこはね、私のイメージの中なの』
キイちゃんは、言い聞かせるように、ゆっくりと言った。
『人はね、死ぬと魂になって、生まれてくる前にいた場所に戻るんだけど。そのときに〝死〟へとつながる、その人なりのイメージの中を通るの。それは人によって本当に様々で、三途の川をイメージする人もいれば、空を自由に飛び回るイメージを持つ人もいる。私の場合、それがたまたま地下鉄だったの。だからね、その駅は、生きてる人たちがいる世界と、死んでしまった私たちの世界との、あいだをつなぐ場所ってこと』
私は混乱する頭を、どうにか整理しようとした。つまりここは、次元をつなぐ場所だということだろうか?
『うん、次元って考えてもらっても構わない。生きてる人たちがいるのが三次元、私たちがいるのが五次元だとすると、そこは四次元の世界ってことよね。ただ、その階段からホームに向かっては、徐々に次元が高くなっていってるみたいなの。だからサトシくんと先生は、別々の地点で弾かれちゃうのね』
何とも突拍子のない話だったが、理屈のうえでは納得できた。
『よかった。ミズキちゃんなら、納得してくれると思った。でね、ここからが肝心なんだけど。五次元からは、三次元も四次元も見えるのね。だから、多嶋先生がこっちに来られず、四次元に留まってしまってるのが見えたんだけど。助けようにも私、四次元に行くことができなくて』
キイちゃんはそこで、一呼吸置いた。
『どうしようかと考えてるとき、ミズキちゃんとサトシくんが駅に入れたことを思い出したの。特にミズキちゃんは、私をホームまで見送りに来てくれた。そして、先生のほうも同じ四次元にいたから、テレポーテーションを使って時空をつなぐことができた。だからみんなを、そこに集めてしまうことにしたの』
なるほどね。でもキイちゃんはそうやって、簡単に言うけれど。浜田くんを説得してここまで連れて来るのは、本当に大変だったんだから。
『分ってる。でもミズキちゃんにコンタクトを取って、ヒーラーになってるのを知ったとき、私の選択は間違ってなかったと確信したの。ミズキちゃんだけ記憶を残すの、こっちも大変だったのよ』
『でも、どうして事前に先生のこと、教えてくれなかったの?』と、私は問い掛ける。
『話したら、引き受けてくれた? さっきミズキちゃんも言ってたけど、これってホント突拍子もないことでしょ。だから、断られるんじゃないかと思ったの。それに第三者の先生の名前を出すより、私自身が危機におちいってることにしたほうがいいと思った。そのほうが、説得力が増すじゃない?』
確かに、直接キイちゃんに『助けて』と言われれば、放ってはおけない。でも、それってちょっと、ズルくない?
『うん、ズルいと思う。だからミズキちゃんには何度でも、謝るしかない。ごめんね。でもまだ話は、終わってないの。実はいま私、先生を迎えに、電車でそっちに向かってる。だから着く前に、お願い、先生をホームまで連れてきて。それができるのは、ミズキちゃんしかいない』
『ちょっと待って、キイちゃん。でも、先生のこころを癒やすには、長い時間が掛かる。とても今日、明日じゃ無理よ』
私は焦って、そう言い返した。
すると、キイちゃんはすかさず『だいじょうぶ』と、断言した。
『ミズキちゃん、本当はね、時間なんてないんだよ。〝いま〟という一瞬、一瞬があるだけ。そのあいだをつないでいるのは、脳が作り出す、ただの幻想に過ぎないの』
私は思わず、息を呑んだ。時間は、存在しない。確かにそんな話を、聞いたことはあった。
『うん。別の言い方をするなら連続した時間はなく、いまこの瞬間と、その結果があるだけってこと。そしてね、ミズキちゃん。結果は、自分で選ぶことができるの。いつだって、ただ、好きな結果を選べばいいんだよ』
好きな結果を、選ぶ……。
『それと、もうひとつだけ。目が覚めちゃうとサトシくん、四次元からはほんの少し外れちゃってる先生のことは、見えないかもしれないけど。寝てるあいだであれば、話だけは聞いてるから。だから先生に直接、話し掛けてもらって。頼んだよ、ミズキちゃん』
『キイちゃん、ちょっと待って!』
けれどもう、キイちゃんの声が聞こえてくることはなかった。
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