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ケアする惑星

 最近「ケア」という言葉をよく耳にするようになった。一言で言えば、他者を思いやる精神のことだ。育児や介護などが「ケア労働」と呼ばれている。日本ではこれらは主に女性が担っているが、社会的価値は低いと見られており、まだまだケアについて十分に理解されていない状況だ。

 本書は様々な文学作品を読み解き、ケアについて論じたものである。なかでも興味深いのは、戦争とケアの関係を論じた箇所だ。先の戦争で日本の女性は「銃後の守り」を担った。これもケアに見えるかもしれないが、ケアは本来的に他者に向けられる。それゆえ、ケアから戦争擁護という発想は出てこないはずである。

 著者はヴァージニア・ウルフの『三ギニー』に注目する。女性が働いてようやく得た三ギニーをどこに寄付すれば戦争を防ぐことができるか、そこから戦争と女性差別の関係を描いていく作品だ。

 ウルフは戦争を煽動するための「ぼくはわが祖国を守るために戦っている」という矮小化された「正義」に真っ向から異論を唱え、「戦争の手伝いをするために靴下のほころびを縫うほどのことさえしたくありません」という言葉を紹介する。そして、「私は祖国が欲しくはないのです。女性としては、全世界が私の祖国なのです」と訴えている(本書21~22頁)。

 ここから著者は、ロシアに抵抗するウクライナ人は危険なナショナリストではないとする意見に賛同しながらも、このウルフの主張に耳を傾けたいと述べる(同199頁)。そして、ロシアの権威主義を批判しつつ、それに乗じて軍備増強を進める日本の政治家たちに強く異議を唱えるのである(同203頁)。

 いま日本では、ロシアへの制裁やウクライナの徹底抗戦を支持する声がある一方、中国に備えるべくウクライナ戦争から手を引くべきだとする声もある。しかし、本書を読み、いずれもケアの視点が欠如しているのではないかと感じた。戦争が身近になりつつある今日、本書は多くの貴重な視点を提供してくれている。
(編集長 中村友哉)

(『月刊日本』2023年4月号より)

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書 籍:ケアする惑星
著 者:小川公代
出版社:講談社


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