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ワグネル プーチンの秘密軍隊

 ロシアの民間軍事会社「ワグネル」を率いるエフゲニー・プリゴジンの反乱は、わずか1日で終息した。日本を含め西側のメディアや識者は当初、これでプーチン政権が瓦解するかのような騒ぎっぷりだったが、彼らの見立ては誤りだった。それは、ワグネルとは何かということを理解していなかったことも大きいだろう。

 本書はワグネルについて論じた、日本語で読める数少ない文献の一つである。著者のマラート・ガビドゥリンはワグネルの元指揮官で、シリアなどで任務についていた。

 ガビドゥリン自身はロシア軍空挺部隊に10年にわたって所属した、いわばプロだったが、彼が記しているところから察するに、ワグネルは素人に毛が生えた程度の集団である。

 たとえば、ガビドゥリンはワグネルに入ると新兵のための教育を受けたが、小隊の指揮官たちの大半は何の理論的知識も持たず、自らの戦闘体験のみに基づいて教育していた。たいていの場合、訓練は実地に行われることなく、行動方法の説明だけで終わった(本書46頁)。

 また、シリアに派遣される前の訓練プログラムも時間不足でかなり限られており、兵士たちは体力不足で、決められた隊列も乱れていた。そのため、ガビドゥリンは規律を守るように言い続けなければならなかった(80頁)。傭兵たちをどれだけ集中的に練習させたところで、士官学校の生徒のレベルにさえ到達しないというのがガビドゥリンの見解である(152頁)。

 そもそも傭兵は、矛盾した言い方だが、戦争向きではない。軍隊ではすべてが命令で決まるが、ワグネルは民間会社であるがゆえに創意工夫を働かせ、積極性を発揮することを求められる(123頁)。これは戦争を遂行する上で障害になるだろう。

 もちろん、ワグネルが取るに足らない存在ということではない。ウクライナ戦争でも一定の存在感を発揮してきたことは確かだろう。しかし、ワグネルを過大評価すれば、事態の推移を見誤る。本書は西側の「ワグネル幻想」を修正する上で役に立つと思う。(編集長 中村友哉)

(『月刊日本』2023年8月号より)

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書 籍:ワグネル プーチンの秘密軍隊
著 者:マラート・ガビドゥリン
出版社:東京堂出版


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