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てくてく書店散歩~パン屋の本屋編~

 本のある空間が好きだ。書棚にずらりと並べられた本、平台に積まれた本、表紙が見えるように立てかけられた本。どんな景色でも、そこに本があれば心躍る空間になる。
 もっといろんな書店を見てみたい。私欲と興味の元、去年あたりから積極的に書店へ出かけるようになった。“てくてく書店散歩”は、私がその書店を知った経緯や出会った人々、本を見るとき買ったときに何を考えていたかを書き綴った記録である。少しでも書店に行きたいと思ってくれたら幸いだ。



パン屋の本屋とは

  今回は東京に来てから今まで通っている本屋の話をする。その名はパン屋の本屋という。日暮里の奥、学校が集まっている住宅街の中にある本屋だ。そう、知っている人はお分かりだと思うが、蟹ブックスを開いた花田菜々子さんが初代店長を担っていた本屋である。私がその本屋に出会ったのは4年ほど前。その頃は単に”近所の本屋”という認識でいた。


パン屋の本屋 看板

私とパン屋の本屋

 東京に引っ越してきてまず、グーグルマップを開いて本屋を探した。検索に引っかかったのは町の本屋さん、といったような小さな書店が多かった。大手のチェーン店は電車に乗らなければ行けないことを知って、拍子抜けした覚えがある。なんせ実家から徒歩5分で書店に行けるような環境にいたものだから、都会にはさぞ書店がたくさんあるだろうと思い込んでいたのだ。大きな書店はあるけれど、限られた街にしかなかった。
 町の書店と言えば、雑誌と漫画といくらかの文庫本。近所に住むおじさんか、小中学生が行くような場所で、あまり魅力的なイメージはなかった。しかし、この本屋は違った。通りに面したパン屋、ひぐらしベーカリーにはふわふわのやわらかそうなパンが並べられている。パンの香りをまとったまま中庭を抜けた先に、オレンジ色の明かりを灯す書店が佇んでいる。それがパン屋の本屋だ。
 間口が広く、まず児童向けの雑誌とたぶん月ごとに変わるフェアを行っている平台が目につく。ぱっつん前髪と眼鏡が特徴の店長さんが「こんにちは」と声をかけてくれる。パンや食べ物の本はもちろん、店内は児童書が半分を占め、文庫本や新刊小説、女性のエッセイ、暮らしの本から数学物理生物、戦争をテーマにした読み物まである。本棚を見るたび、不思議な選書だな、と感じていた。まるで私の頭の中のようにわちゃわちゃしているのに、なぜか統一感があるのだ。きっとそれらの本には共通して「生活」が横たわっているからではないか、と思う。人間の営みがここにはある。パンの匂いが流れてくる店内で、私は『数学する身体』や『カンガルー日和』、『巴里の空の下オムレツの匂いは流れる』、『ブランケット・ブルームの星型乗車券』、『深夜特急』などの本を手に取った。
 また、この書店は文芸誌も置いてある。『文藝』を買うのはここでと決めていたし、他の書店で売り切れていた『デザインのひきだし』も手に入れられてうれしかったのを覚えている。大好きな黒田夏子さんの新刊もここで予約注文した。
 ところで私は休日の朝食はパンと決めている。土曜日の午前中、買い物ついでにパンと本を買えるこの場所はとても便利で、2~3ヵ月に一度は訪れていたと思う。

改めて、書店散歩へ

 この間、引っ越してから初めてパン屋の本屋を訪れた。少し見なかっただけで変わりゆく町を眺めては、懐かしい気持ちになった。お昼を少し過ぎた時間、店の外には自転車が所狭しと並べられており、パン屋は老若男女で賑わっていた。席が空いていそうになかったので、先に本屋へと足を向ける。今日の店番は誰かな、と覗くと、見慣れた顔があった。店長さんだ、とうれしくなる。こんにちは、と挨拶して店内に足を踏み入れた。
 相変わらずの不思議な選書。ふらふら見てまず手に取ったのは、僕のマリさんの『書きたい生活』。読みたいな、と思いつつ、他の書店で買いたい気持ちがあるので棚に戻す。なんとなく、「この本はこの書店で買おう」と決めている本が何冊かあるのだ。次に臨床心理士の東畑開人さんの著作。『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』、『心はどこへ消えた?』など、最近読んだ本に出てきたので気になって開いてみる。ふむ、これらも興味深い本だけれど、なんとなくこの書店ではない気がする。
 書店で本を買う、という行為は、その書店らしさを持ち帰ることでもあると思う。自分の本棚にちょっとずつ書店を移植していくような。継ぎ木に近いかもしれない。そうして、その継ぎ木の上に別の継ぎ木をして、どんどん枝分かれしていくのだ。その過程ではもちろん剪定もする。私が物理で本を買う理由の一つに、「残す本を選べるから」ということがあるのだが、詳しくは別の機会に委ねよう。
 毎回書店に行くと、「もう二度と来られないとしたら」と考える。そうすると、今、ここで買うべき、買いたい本が自然と決まってくる。

購入した本

 パン屋の本屋で今回購入した本は次の3冊になった。

・『本当はちがうんだ日記』穂村弘(集英社)
・『女のいない男たち』村上春樹(文藝春秋)
・『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子 訳/三浦裕子(中央公論新社)

 1冊目には、目次とあらすじのギャップにやられた。目次の最初に「エスプレッソ」とあるのに、あらすじには「エスプレッソが苦くて飲めない」とある。エスプレッソがどんなにおいしいか、などと書かれているわけではないらしい。穂村さんの生きている世界を覗いてみたくて購入を決めた。エッセイから穂村さんを知るなんて邪道かしらん。
 2冊目は映画化されたと聞いて気になってはいた本だ。村上春樹の作品にはいい思い出がなかったが、短編は結構おもしろいということに気づいた。私と村上春樹作品との因縁についてはまた他のところで書くことにしておいて、この作品も短編集である。村上春樹の旅行記とも迷ったが、最近読んだ本にも出てきたし、今はこちらだろう、と判断した。プロフィールに演劇科卒業とあってなんとなく腑に落ちたところがある。あのセリフもこのセリフも、戯曲と思えばしっくりくる。なるほどな、と思いながら本棚に並べた。
 3冊目は表紙買いである。おいしいものを食べる旅、だけじゃなさそうなこの本。実は台湾で出版されたとき、「日本人が書いた自伝的小説が発見された」という触れ込みで売られたらしい。創作だと判明してちょっとした炎上騒ぎになったとあとがきにある。おいしい、だけではない台湾。そこかしこに残っている日本式の寺院や建物を見て感じたことを、もう少し深掘りしてみたいと思った。

パン屋の本屋と私(改)

 カバーをかけてもらっている間、思い切って花田さんの名前を出してみた。そして、蟹ブックスを訪れたこと、知らずにこの本屋に通っていたこと、また訪れたい、ということを話した。一方的な自己満足ではあるが、伝えられてよかったと思う。また、選んでいるときは、店内に隠れているキャラクターを探す子供に向けて、店長さんが敬語で話していたのを思い出す。子供ということを理由に態度を変えない姿勢は見習いたいと思う。
 帰りに見たら席が空いていたので、キノコのシチューパンとクリームパン、はちみつレモンティーをいただいた。お供は『巴里の空の下オムレツの匂いは流れる』。パン屋の本屋のブックカバーがついていて、しおりは蟹ブックスのものだ。風が吹き抜ける中、暖かい紅茶を飲みながら本を読む幸せよ。ふくふくしながら読み終えた。

おまけ

 余談だが、この後行った美容院でパン屋の本屋の話をしたら「今度行ってみる」と言ってもらえた。少しずつ輪が広がっていく気がしてうれしい。
 日暮里駅で行われていた「ようこそ ひぐらし商店の世界へ」のキャンペーンも素敵だったので、お近くに行かれた方はぜひ行ってみてほしい。トレーシングペーパーを重ねる手法は古地図みたいだな、とにこにこしてしまった。『ブリコルひらい』というZINEを買った。また行きたい町が増えてしまったな。

今回散歩した書店

購入した本

気になった本

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