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「魂に火を灯すような仕事」

 このたび1月から現代書館に入社しました、営業部の根岸と申します。これから小社のメールマガジン、Twitter、noteなどで新刊やイベント、フェアの情報をお届けしていく予定です。どうぞよろしくお願いいたします。今回は自己紹介を兼ねて、私が入社するきっかけとなった本をご紹介します。

荒井裕樹『凜として灯る』書影

荒井裕樹さん『凜として灯る』

その人は『モナ・リザ』にスプレーを噴射した。
理由を知るには人生を語る覚悟がいる。
 
1974年4月20日、東京国立博物館で開催された『モナ・リザ展』一般公開初日。「人類の至宝」と称されるこの絵画に、一人の女性が赤いスプレー塗料を噴射した。女性の名前は米津知子。当時25歳。「女性解放」を掲げたウーマン・リブの運動家だった。なぜ、彼女はこのような行動に及んだのか。女として、障害者として、差別の被害と加害の狭間を彷徨いながら、その苦しみを「わたしごと」として生きるひとりの、輝きの足跡。

 昨年9月中旬、高島鈴さんの書評を読んでから気になっていた荒井裕樹さんの『凜として灯る』を購入し、夢中で読み終えました。どんな版元なのかと調べてみたところ、ホームページには「採用情報」の文字が。募集内容はインターネットを活用したプロモーション業務、未経験可、応募締め切りは9月30日。「これは!」と勢いのままに履歴書を提出し、ありがたいことにご縁があって今に至ります。

 私は今25歳で、モナ・リザにスプレーを噴射した当時の米津知子さんとちょうど同じ年齢です。新卒の就職活動のときにも出版業界への憧れはあったものの、自分には無理だろうと端から諦め、まったく違う分野の仕事に就きました。『凜として灯る』を読んで、「こういう本を世の中に広める仕事ができたら幸せだな」と思うと同時に、自分と同い年で力強い信念をもって生きる米津さんの姿に胸を打たれました。また、「やりたいことをやる」「自分の人生は自分で決める」というウーマン・リブの姿勢にも背中を押され、応募に踏み切ることができました。比喩や誇張ではなく、私にとって人生が変わった1冊です。

 そんな『凜として灯る』、紀伊國屋じんぶん大賞2023で9位に選出していただきました!

 『凜として灯る』に書かれた時代から約50年が経ったにもかかわらず、社会は大きく前進したとは言い難い状況です。効率のよさや経済成長ばかりが重視され、格差はどんどん広がり、差別と搾取と排除があたりまえのようにはびこっています。そんな中、1位の高島鈴さん『布団の中から蜂起せよ―アナーカ・フェミニズムのための断章』(人文書院)、2位の三木那由他さん『言葉の展望台』(講談社)、4位のショーン・フェイさん著/高井ゆと里さん訳『トランスジェンダー問題』(明石書店)など、差別や暴力に抗う本が上位に並んだことにささやかな希望を感じます。

 「差別や暴力に抗う」といえば! 雑誌感覚で読めるフェミニズム入門ブック『シモーヌ』VOL.7の特集は「生と性 共存するフェミニズム」です。巻頭では米津知子さん、荒井裕樹さんにご寄稿いただいています。すべての人がその人のまま、尊厳を傷つけられずに生きていける社会をつくるには何ができるのか。この1冊を手がかりに、ともに生きるためのフェミニズムを考えていきたいです。じんぶん大賞1位を受賞された高島鈴さんによる音楽レビュー「シスター、狂っているのか?」も好評連載中です。

『シモーヌVOL.7』書影。特集は「生と性 共存するフェミニズム」

『シモーヌ』VOL.7 特集 生と性:共存するフェミニズム

「いのちを分けない社会へ」
2022年10月25日に優生保護法問題の全面解決をめざす全国集会が行なわれた。強制不妊手術の多くの被害者は性と生殖の権利を暴力的に奪われ、いまだ苦しめられている。
「LGBTは生物学上、種の保存に背く」
「幸せそうな女性を殺したかった」
「ホームレスが邪魔だった」
優生保護法から優生部分に関する文章が消えても、今なお残る命の選別。
性と生殖にかかわる排除・抑圧・対立の歴史をふりかえりながら、ともに生きるフェミニズムを考えていこう。

 また、現代書館ウェブショップでは、「荒井裕樹さんの言葉を味わう」と題して荒井さんの著作や論考掲載誌を特集しています。こちらから『凜として灯る』に続く1冊を手に取っていただけたら幸いです。
 
 紙の本が売れない時代になって久しいと言われています。インターネットさえあれば娯楽も情報収集もまかなえる現代では、本の必要性は薄れつつあるのかもしれません。それでも私は、本の可能性をあきらめたくありません。短く切り取られ要約された情報が通り過ぎていく一方で、本は読者のもとへゆっくりと届き、手元に残り続けます。私のように1冊の本をきっかけに人生が変わることだってあるのです。

 荒井裕樹さんは『凜として灯る』巻末の謝辞で、本書の執筆を「魂に火を灯すような仕事」と表現されています(p.238)。私もそんな仕事がしたい、と未熟者ながら思います。受け取った火を絶やさず、社会を少しでもよい方向に進める本、読んでくださる方の生活を豊かにする本を広めたいのです。なんだか野望めいてきましたが、まだまだ出版業界の常識も自社の既刊本についても知らないことだらけです。先輩方を頼りながら地道に学んでまいります。

 現代書館の方針として「知識を専門家だけのものにせず、いかに分かりやすく伝えるか」と掲げています。複雑なことをむやみに単純化せず、複雑なまま理解する姿勢を忘れてはいけませんが、何事も初めの一歩が必要です。小社の本が専門知と出会う入口になれるよう、noteやSNSなどを活用して情報をお届けできればと思います。改めて、これからどうぞよろしくお願いいたします。

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