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風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第20話「不死身の激突再び! 宿命の敵、ライラとバリー」

リーよ…』

 鳳 成治おおとり せいじの登場の辺りから、しばらく沈黙していた俺の頭の中に居座いすわる師匠の林大人リンたいじんが、バリーが猛突進して来る今になって俺に対して急に呼びかけて来た。

「何だよ、こんな時に急に…?
 この状況を見てみろよ! 今からバリーの野郎との戦闘開始って時に何だってんだよ、師匠?」
 俺はバリーの突進よりも林大人の突然の呼びかけにあわてた。
 その俺の姿をおおとりが不審な目つきで見ている。

リーよ、わしはあの怪物を目にするのは初めてじゃ。
 しかし、あの牛頭ごずの怪物はここにいるオニどもとは全く異質の存在じゃ。儂が死ぬ前にお前に言った「地獄の番人ケルベロス」に近いものを感じる。
 姿は美しいが、あの全身から禍々まがまがしさを発しておる女も同類じゃな…』

 林大人が言う事は非常に気になるが、じっと聞いている訳にもいかなかった…
 ミノタウロスのバリーが自慢のつので俺を一気に突き殺そうと、地響きを立てて床をふるわせながら俺に向かって猛突進して来ているのだ。

「ん…? どうなってる…?
 バリーの角… 一昨日おととい、俺はヤツの左角を千切ちぎったんだ。
 角がバリーの弱点だったはず。角だけが唯一、ヤツの身体で再生しなかった…」
 俺の回想などはお構いなしに、ブレーキの壊れたダンプカーの様に猛烈な勢いでバリーが突っ込んできた。

「危ない! おおとり、逃げろ!」
 俺が叫ぶよりも早く鳳 成治おおとり せいじは、その場からヒラリと飛びのくように逃げていた。
さすがだ、アイツの心配はするだけ無駄だな…
 俺はと言えば、白虎の身体能力で真上に高く跳躍ちょうやくした。天井の高いこのフロアでは4mは跳び上がれるので、俺は軽く巨漢のバリーの頭上を飛び越えた。
 その際に俺は空中を飛びながら、ヤツの頭にえる2本の角を見た…
俺の目はバリーの角にくぎ付けになった。

「なんだ、あの角は…?」

 俺は天井近くの空中で回転し、猫族特有のしなやかな動きで静かにバリーの後方に着地した。こんな芸当は朝飯前なのだが俺はいささかショックを受けていた。
 バリーの角は二本とも元通りにそろっていたのだ。俺の噛み千切った左の角も、ちゃんとヤツの頭のあるべき位置にあったのだ。
 しかも、ヤツの角の色は一昨日とは違い黄金色をしていた…
 俺とおおとりは身をかわしたが愚鈍ぐどんなオニが数匹、バリーの猛突進に巻き込まれた。
 バリーの左右の角はそれぞれが二匹のオニの腹から背中までをつらぬいていた。
 他にもバリーの巨体にね飛ばされた三匹のオニが、壁まで吹っ飛んでぶち当たり、ようやく止まっていた。

 バリーは左右の角にそれぞれオニを突き刺した状態で、俺の方へ振り返った。
何てヤツだ…
 二匹のオニどもの巨体の体重を合わせたら400㎏はあるに違いない…
 それを帽子くらいの重さにしか感じていないかのように、ブルンブルンと首を振って二匹のオニを軽々と遠くへ放り投げた。

「む…? オニの緑色の体液にまみれちゃいるが、やはりヤツの角は黄金色に輝いてやがる… 
 あれはいったい…? 前に闘った時のヤツの角は体色よりも薄いグレーだったはずだ…」
俺は目の前の現実を理解出来ないでいた。

「はっはははあっ! 驚いてるね、白虎びゃっこ
 そこにいるバリーは、お前にやぶれた時のバリーとは違うんだよ!
ある方のお力で生まれ変わったのさ!
数段パワーアップしてね!
 弱点だった角だって、もうお前の牙なんかで噛み千切れるもんか!
 あの方に再生していただいたバリーの角にはねえ、私達の祖国ギリシアの神話にも登場する超金属『オレイカルコス』で特別に作られたカバーが装着されてるんだ。
 もっとも、現代では『オリハルコン』と呼ばれてるけどねえ…
 いくら神獣のお前さんの牙だって、『オレイカルコス』製のバリーの角に歯が立つもんか!
もうバリーの身体には弱点なんて無いのさ! 
覚悟するがいい、白虎!
 今度はお前がバリーに息の根を止められる番だよ!
はっははははは!」

 俺の背後からライラの叫び声と哄笑こうしょうが響き渡った。
だが、俺は振り返る訳にはいかなかった…
 俺の目の前には、不死身のミノタウロスが鈍い光をたたえたグレーの瞳で俺をにらみつけながら、立ちはだかっていたからだ。
後ろに気を取られていたら今度はやられる。
次にバリーの角にくし刺しにされるのは俺になるだろう…
 いくら俺でも、あの『オリハルコン』製とやらの角の一撃をまともに喰らえば、タダでは済むまい。

「ビュンッ!」

「おっと!」

 背後から風を切る鋭い音が聞こえた。俺は本能的に身をかわした。

「ビシッ!」

 先ほどバリーに撥ね飛ばされ、俺の足元近くに転がっていたオニの身体に何かが当たったと思った次の瞬間…!
そのオニの身体から切断された首が吹っ飛んだ!

「何だ? 何が当たった?」

「ビシュッ!」

 オニの首を一瞬で切断した何かは、また一瞬にして同じ軌道をたどって引き返して行った。見なくても俺のウサギ以上に鋭い聴覚ちょうかくで分かる。
 俺の背後の同じ位置から飛来したソレは、また元の同じ位置に戻って行ったのだ。
 
 俺の背後にいるライラと今の攻撃を考え合わせると答えは一つだ。
「ライラのむち!」

「はっははは! よく今の攻撃をかわしたねえ、白虎!
あんたの身の動きも確かに前よりも速くなったようだ。
 だが… 前にバリー、後ろにあたしにはさまれたあんたには、これで逃げ場も勝ち目も無くなったねえ。
ほほほほほ!」

 前には以前よりも動きが早くなり破壊力も増したバリー、後ろには音速を超える鞭を自在にあやつるライラ…
 これは確かにピンチだな… そう思いながら、俺の顔にはまたしてもピンチになると表れるニヤニヤ笑いが浮かんでいた。
まったく…
 これは、我ながらどうしようもなく悪いくせだな。
 そう思いながらも、俺はこのピンチを楽しんでいるのを否定出来なかった。
 これまでの大勢のオニどもの不甲斐ふがいない戦いに、俺は物足りなくて内心ウンザリしてたのだ。
 この二人の登場で、やっと俺の力を思う存分に発揮出来るぜ…
 俺は期待感でウキウキと高揚こうようする自分の気持ちを押さえられないでいた。

「そう来なくっちゃあ、面白く無いぜ。
それじゃあ、こっちも本気で行くとするか…」

俺が言い終わるよりも早く目の前のバリーが先に動いた!

「ブッモオオッ!」

 バリーは雄叫びを上げると同時に、自分の頭の角を俺の胸の高さに合わせて再び突進してきた。

その時だった。
また林大人の声が俺の頭の中に響き渡った。
リーよ… 目を閉じよ。
 あの二人は確かに恐ろしい相手じゃが、真の白虎となったお前の敵では無い。
 あの女の音速を超えるむちも、この牛頭ごずの凄まじい破壊力を秘めた素早い攻撃も、「無明陽炎拳むみょうようえんけん」を体得したお前ならば、もはや当たる事は無い…
 さあ… 目を閉じて、お前のぎ澄ました全身の感覚をこの戦場に解き放て!
神獣白虎の力を開放するのじゃ!』

その場で俺は静かに目を閉じた…

その瞬間…
 俺の白虎の牙と爪が熱を帯びてくるのが自分で分かった。
 牙も爪も目をつむった俺には見えないが、俺の感じる熱は視覚的には青白い輝きを放っているのに違いない
 俺自身に感じられるねつ…それは見た目ほどあつくはなく、柔らかなあたたかみを持った熱だった…
 とても優しく心地よい…ホッとする様な、しかし力強く温かい熱…

 それはまるで、神の慈愛じあいに満ちた様な温かみを俺に感じさせた…

「ふっ… この俺が負けるはずが無いな…」

「ブモオオオオッ!」

 目をつむった俺は、バリーの猛突進をひらりとかわした。
 おそらくバリーは、俺に身を躱された事にすら気付いてはいないだろう。
 俺はヤツの巨体の激突を正真正銘の紙一重で躱したのだ。

「ブモオオッ⁉ …?」

 バリーは激突するべき位置に俺がいないのであわてていた。
 無理もない、ヤツは俺の身体が自分の角に突き刺され、激突で俺の身体中の骨が砕ける感触をあと一瞬で味わうつもりでいたのだから…
 ところが俺の身体が目の前で幽霊の様に消えちまったんだ…
慌てるなという方が無理だろう。

俺はバリーの背中をってやった。
 ヤツは俺の獣人白虎じゅうじんびゃっこの強力な蹴りを、いきなり思いもかけずに背中に受けたもんだから、驚愕きょうがくしながら前方へ吹っ飛んだ。

 バリーと俺では体重差がかなりある。俺は身長180cmで70kgそこそこのスリムな白虎だが、片やバリーは身長2m60cmに体重も200kgオーバーのウルトラヘビー級の化け物野郎だ。
  だが、バリーだけでなく俺とて今は常人の数十倍の力を持つ獣人だ。到底とうてい、軽く蹴ったなんて生易なまやさしい代物しろものでは無い。
 今日の様な満月期の俺の蹴りは、鉄筋入りのコンクリートの柱だって鉄筋ごと真っ二つに切断する。砕くのではなく、丸ごと切断するのだ。
 そのくらい威力のある俺の蹴りを身構えていない背中にまともに喰らったバリーは、数m前方にえ付けられていた最凶ドラッグ『strongestストロンゲスト』の生成用装置に頭から突っ込んだ。
 もちろん装置は無事に済む訳も無く、バリーの激突を受けてなぎ倒され、恐らくもう稼働不可能な状態にまで破壊されただろう。

「へへ、自分ちの大事な機械をてめえでぶっ壊しやがった。
後でママにこっぴどく叱られるぜ!」

その時だ!

「ビシュシュッ!」
 
 俺の耳元に凄まじい空気を切り裂く音が響き、音速を超える何かが頭の横を通り過ぎて生じたソニックブーム(衝撃波)が俺の右ほほを激しく打った。

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