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妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑭拾肆)" 妖怪合戦! 『その弐』 "

「『野襖のぶすま』よ! やれっ! 火炎を吐け!
あのクソ坊主を焼き殺せえっ!」
それがしは『野襖』の背中に乗り
魔槍『妖滅丸ようめつまる』を振りながら叫んだ
あの正体不明のクソ坊主は生かしてはおけん
必ず仕留めてくれようぞ!


********


沢庵和尚たくあんおしょうを殺させてなるものか!

「『斬妖丸ざんようまる』よ! 『雪女』を出すぞ!
出でよ、『雪女』!」

拙者は沢庵和尚に向かって走りながら
『斬妖丸』で空中に円を描いた

「ほほほほほほ!」

あたり一面の気温が急激に下がった
季節は初夏なのに秋を通り越して冬が来た様だった
印を結び十兵衛に向かって孔雀明王呪くじゃくみょうおうじゅ
となえ続ける沢庵和尚と拙者との間に
白装束しろしょうぞくを身にまとった姿の一人の美しい女子おなごが現れた

わらわを呼んだかえ…?
おほほほほほほ…」

「おう! 『雪女』! 沢庵どのをお守り致せ!」

「あい!」

拙者の命令に美しい声で答えるやいな
『雪女』の美しく魅惑みわく的な口から猛烈な吹雪ふぶきが吐き出された
周辺の初夏の光景が真冬のように変わっていく…

「ピキ! ピシッ!」
まわりの空気が凍り付き始める
見る間に『野襖のぶすま』の吐き出していた火炎が
猛吹雪の勢いに押し戻されていく


********


よし、坊主の頭上に来たぞ!
『野襖』よ、もっと火炎を…

むっ… なんじゃ、あれは…?
クソ坊主のそば
白装束姿の華奢きゃしゃ綺麗きれい若後家風わかごけふうの女が現れおった…

おおっ…
冷えて来たかと思えば…
雪じゃ、雪が降って来おった
あの女を中心に雪が舞っておる!
うおっ、吹雪ふぶき出しおった!
うぬっ、吹雪で前が見えぬ…
女も坊主も見えなくなった…

くそお…
あれは『雪女』か!

しまった…
『野襖』は冬眠はせぬが凍り付いてきおった…
このままでは火炎も吐けぬし飛べもせぬ!
それがしも身体がこごえて…
このままでは…

うおっ!
大入道を倒した柳生十兵衛が飛空しながら迫って来おった
猛吹雪で立ち往生おうじょう致しておる隙に
それがしを討ち取るつもりか!

そうはさせるか…
こんな野望の途中で貴様のごと下郎げろう
ち取られてなるものか!


********


由井 正雪ゆい しょうせつの野郎…
沢庵和尚を『野襖』を使って亡き者にするつもりか?

そんな事、俺が絶対にさせねえぞ!

鴉天狗からすてんぐよ、ついて来い!」
俺は後ろを飛ぶ鴉天狗に呼び掛けた

しかし、何て寒さだ!
空気が凍り付いて来やがった…
大入道に引き続いて由井ゆいの野郎もぶった斬ってやろうと
思ったが…
この寒さじゃ身体が思う様に動かせねえ…

だが、由井ゆいと『野襖』の奴も寒さに参ってる様だ
この好機を逃す手はねえ!
俺の『大天狗正家おおてんぐまさいえ』でたたっ斬ってやる!



********


今だ、十兵衛どの!
『野襖』が『雪女』の猛吹雪攻撃でひるんでおる
この機を逃さず由井 正雪ゆい しょうせつを討ち取るのじゃ!

「むっ! あれは…
『野襖』が火炎を吐きながら回転を始めた…
むう… そうか…
ああやって凍り付いた身体を溶かすつもりか…
あれでは『雪女』の吹雪が『野襖』に痛手を与えられぬ…


********


「ふははははは!
見たか、青龍せいりゅうよ!
これぞ『野襖』の『飛空火炎車ひくうかえんぐるま』じゃっ!
『雪女』の吹雪などね返してくれようぞ!」

だが、このままでは十兵衛に追いつかれる
彼奴あやつには今、役行者えんのぎょうじゃの大天狗が降臨こうりんしておる…
追いつかれれば、それがしも只では済むまい
『野襖』も『雪女』の猛吹雪攻撃で弱っておる有様…

くうぅ…
誠に無念じゃが此度こたびは引き上げるしかあるまい…

おのれえ…!
青龍に柳生十兵衛、それに但馬守たじまのかみに正体不明のクソ坊主!
次にあいまみえた時は、必ず貴様らをほうむってくれる…
一人も生かしてはおかぬぞ
覚えておれ!

『野襖』よ! 退却致すぞ、煙幕えんまくを張れい!
十兵衛を振り切るぞ!


********


「ふむ…
由井 正雪ゆい しょうせつめ、あきらめたか…
煙幕を張って逃げ出しおった
お~い! 十兵衛どの~! 深追いしてはならぬ!
放っておくのじゃ!」

由井ゆいめは逃げた…
いや、見逃してくれたと言うべきか…
あのまま続けておったら、我々は全滅…
それに江戸の町もほろんでおったやも知れぬ

おお…
十兵衛どのが思いとどまってくれたようじゃ
鴉天狗からすてんぐ』と共に引き返し、地上へと降りて来た

もう『雪女』の猛吹雪は止んでいる
拙者は『雪女』と『鴉天狗』を『斬妖丸ざんようまる』に戻した…

十兵衛どのが地上へと降りた途端とたん
それまで、しゃんとした姿勢で孔雀明王呪くじゃくみょうおうじゅとなえていた
沢庵和尚たくあんおしょうががっくりと膝を付いた

「沢庵どの! 大丈夫ですか?」

あわてた拙者と十兵衛が同時に沢庵和尚に駆け寄った

和尚おしょう! 和尚! しっかりしろ!」

十兵衛が沢庵和尚を抱き起す

「おお… 十兵衛か… よう無事じゃったのう…
わしには青方あおかたどのがおるゆえ、心配はいらぬ…
お前は儂よりも父上の方を見に行け
但馬守たじまのかみどのは満身創痍まんしんそういじゃ
さあ! 早う、行かぬか!」

十兵衛は沢庵和尚にかつを入れられて立ち上がり
その場を離れようとした

拙者は沢庵和尚に肩を貸しながら
ふところから膏薬こうやくの入った薬入れを取り出して
十兵衛の背に声を掛けた

「十兵衛どの…
これを但馬守様の傷に塗っておやりなされ
これは鎌鼬かまいたちの真空波で切られた傷を治す塗り薬じゃ
これは、かつて拙者が鎌鼬自身から直々じきじきもろうた薬…
たちどころにき目が現れるはずじゃ」

拙者は振り返った十兵衛に薬を渡した

「おお、青方どの… これはかたじけない
さっそく親父に使わせてもらおう」

十兵衛は感謝の眼差しを拙者に向け
深く頭を下げて但馬守様の元へと駆けて行った


「すまぬの、龍士郎りゅうしろうどの…
十兵衛がおらんようになって、二人きりで話が出来るわい」

拙者の肩で支えられながら沢庵和尚が話し始めた

「お主にはもう分かっておるじゃろうな
十兵衛が大天狗となりし訳を…」

拙者は頷きながら答える

「はい、あれは沢庵和尚様が孔雀明王呪くじゃくみょうおうじゅにて
十兵衛どのの持つ『大天狗正家おおてんぐまさいえ』に役小角えんの おづの御霊みたま
降ろされたものかと…」

拙者の答えに沢庵和尚様が笑みを浮かべた

「さすがは龍士郎どのじゃのう、その通りじゃ…
ああでもせんかったら、たとえ剣豪の十兵衛とて
大入道おおにゅうどう』に殺されとったじゃろう…」

御意ぎょい…」

拙者の偽りなき答えに沢庵和尚が苦笑した

「ほっほっほっほ… 其方そなたは誠に正直じゃのう…
あやかしの力の前では天下の柳生新陰流やぎゅうしんかげりゅうの達人とて歯が立つまいて…
そこで儂は一計を案じた訳じゃ
十兵衛の持つ『大天狗正家』の名にあやかっての…
本物の大天狗じゃった役小角えんの おづの様の御霊みたま
『大天狗正家』に降ろして見たのじゃよ
結果は上手くいったじゃろう…
ごほっごほ! ぐほっ!」

話しながら急にき込みだした沢庵和尚の
口を押さえた手の隙間すきまから血がしたたった

「おっと、これはいかん… ごほっげほっ!
見苦しい所をお見せしたな…
何、心配はいらんよ… 法力を使いすぎたまでの事…
年寄りの冷や水じゃのう…
この事は但馬守殿と十兵衛には内密にな…
拙僧と龍士郎どのとの間の秘密にして下されよ
この通りじゃ…」

「承知しました…
ですが、その様な御無理をなされては…」

拙者が心配そうに言うのに沢庵和尚は笑って答える

「ほっほっほ…
但馬守は拙僧の親友じゃ
それに十兵衛は息子のように可愛いやつ…
そして何より江戸のために死ぬるなら本望じゃて…」

拙者は老体の手を力強く握りながら言う

「その様な事をおおせになってはなりませぬ
沢庵和尚様はこの江戸にとってまだまだ必要なお方…」

沢庵和尚は拙者の手を握り返しながら言った

「ならば、この通りじゃ…
其方そなた人ならざる力を江戸のために貸して下され
そして、あの親子を助けてやって欲しい…」

そう言って沢庵和尚が目を向けた先には
こちらに手を振りながら父の但馬守に肩を貸し
夕陽を背に歩いて来る柳生十兵衛の姿があった…

ああ…
馬鹿ほどに真っぐで豪放磊落ごうほうらいらくな男が歩いて来る…

拙者は沢庵和尚の言う通り
この私利私欲などという言葉と最も無縁な
愛すべき隻眼せきがんの剣豪を放って置く事は出来ないと思った…


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