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風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第27話「装甲戦闘RV『ロシナンテ』を 大空へ打ち上げろ!」

「くそっ… 白虎びゃっこにやられたバリーの傷が治らない…」

 ここは、東京湾上空をライラとバリーが拉致らちした川田明日香を乗せて飛行中のヘリ『UH-60 ブラックホーク(UH-60 Black Hawk)』の機体の中である。

 「ブモウゥ…」
 不死身の牛頭人身の魔人ミノタウロスであるバリーが、二人分のヘリの後部座席をその巨体で占領して座り込み、白虎により失った右手首と右足首を残った左手で代わるがわる押さえながら、彼にしては珍しく弱気なうめき声を上げていた。

 そうなのだ… 白虎にみ千切られたバリーの右手首の傷口は、驚いた事に断面が青白い光を発しながら、じわじわと身体側に向かって健康な部分をむしばむ様に侵食し続けていったのである。
 通常ならば、失ったバリーの手首は時間と共に再生を始め、欠損した個所は数十分も経てば元通りへと再生し修復されていくはずなのだ。だが、今回の傷は違った…

 このような現象は不死身のバリー自身はもちろん、彼の双子ふたごの妹であるライラにとってもバリーの身体上に生じる現象として、見た事も経験した事も無かったのである。
 不死身のバリーの身体で唯一の弱点は、二本の巨大な角である。
 バリーの最強無比の武器でもあるが、この部分だけは不思議な事に不死身では無かったのだ。したがって、前回の榊原さかきばら家の庭園で白虎と繰り広げた戦闘において破壊されたバリーの左角は、自己の細胞においての再生修復は出来なかったのである。
 あのような事は、不死身のバリーの肉体には有り得ない筈であった。
 ライラが手刀で切断した首だけとなり、肉体の99%が死んでいたと言えるバリーの首をたずさえたライラが兄に救いを求めに訪れた場所で、あの人物に会って復活の処置を受けるまではバリーは絶対的な死を待つのみだった…
 だが、完全に再生を果たし再び全身と不死身とを取り戻した筈のバリーが白虎に受けた傷が、唯一の弱点とも言えた角以外の部分においても再生不能なのだった。

 ライラはオレイカルコス(オリハルコン)のむちの持ち手部分に仕込まれた、やはりオレイカルコス製の飛び出し式の短剣を使ってバリーのむしばまれ続ける右手首の、断面よりも少し上の身体寄りの位置で腕を切断した。
「ブッモオォォー!」
 さすがのバリーもわめき散らしたが、こうするより他に打つ手は無いのだった。
 だが…ライラの予想した通りに切断した箇所で浸食は止まり、それ以上にバリーの身体を蝕み続ける事は無かった。
 そして、切り落としたバリーの腕の肉片はじわじわと浸食が進み続け、やがて全体が白い灰となり果てて完全に消滅した…

 ここにいる者達は全員知るよしも無かったが… 中国マフィアの『地獄會議ディーユー ホエィーイー』のビル地下2階においてのライラとバリーとの戦い以前の地下1階でも『完全なる白虎』と化した千寿 理せんじゅ おさむが、千寿せんじゅ自身の少年時代における中国拳法の師匠でありオニと化した姿で現れた林大人リンたいじんと戦い、やはり喰い千切った右腕の付け根から青白く輝く浸食が身体全体に及び、最後には林大人の遺体は全てが真っ白な灰と化したのであった。

 「これは白虎の神獣としての力なのか…? また、あの方にバリーを再生していただかなければいけない…」
 ライラは自分とバリーが敵として戦った神獣白虎の恐ろしさを、改めて思い知った。不死身の力を持った魔界の自分達ですら、神獣の力の前では歯が立たないのか…
 その証拠と言えるのか否か…?
 ライラがオレイカルコス(オリハルコン)の鞭で切断したバリーの右手首と右足首の断面部分までの表面組織は再生するのだ。
 だが、切断面より遠位の部分となる白虎によって噛み千切られて白い灰と化した右手首と、白虎の爪が深く食い込んでいた右足首そのものは不死身のバリーの再生能力を持ってしても、修復も再生も不可能なのだった。

 ふと顔を上げたライラの視線に、拉致らちして移送中の川田明日香あすかの姿が目に入った。
「組織は、このガキがどれほど大事だって言うんだ…?
 こいつのせいでバリーがこんな目にったんだ
 兄貴のチャーリーの命令じゃなかったら、こんな小娘…すぐにでも、この高度でヘリの機外へ放り出してやるのに…」

 川田明日香は拉致された状態のまま眠っていた。
 拉致する際に、よほど強力な麻酔薬を使ったのだろうか…? 
 目を覚ましてたらほほを思いっきり引っぱたいてやったのに…と、ライラは残念そうに歯噛はがみした。

「でも、この華奢きゃしゃな小娘の…いったい何がそれほど重要だというんだろう…?
チャーリーも、あのお方も…」
ライラが考えにふけっていた時だ。

Ms.ミズライラ! 敵が動き出しました!
 ナビに表示されているポイントは探偵の赤ではなく、二丁拳銃の青の方です。
 車にしてはかなりの速度で東京湾に向かって移動中です。
こちらを追っているものと思われます。」

 ヘリの副操縦士から当機における上官の自分に対する報告だった。
 ライラは我に返り、イライラからか怒鳴りつける様に返事をした。

「バカ者! 探偵の服に装着したGPS発信機はミニガンの斉射せいしゃで粉々に破壊されただろうが!
 それに、車でいくら追跡して来たって無駄な事だ。
 放って置け。二丁拳銃の男など恐れるに足りん。
いや、待て…
 当機は白虎によって損傷している。飛行速度もかなり遅い…
 万が一、『クラーケン』との合流までに敵側の航空部隊にでも追尾を受け、捕捉されたら少々厄介やっかいだ。
 まあ、腰抜けの日本政府は何も手出しは出来まいがな…
 念のために、すぐ本部に戦闘ヘリ2機を要請して当機の護衛に当たらせろ!」
ライラが副操縦士に命令を下した。

了解ラジャーッ! 本部に戦闘ヘリ2機の護衛を要請します!」

 副操縦士の返事を聞き終えたライラは、再び相棒のバリーの方へ向きを変えた。

「とにかく、一刻も早く『クラーケン』に合流して川田明日香を引き渡し、バリーをすぐにチャーリーの元へ連れて行かねば…」

ライラの語った『クラーケン』とは?
 そして、彼女がバリーを会わせようとする兄のチャーリーとはいったい何者なのだろうか…?
 榊原さかきばら家から拉致された川田明日香は、ライラの言う『クラーケン』と合流して敵の本部へと連れて行かれるのか…?
 
 果たして…我らが風俗探偵は間に合うのか?


  (※クラーケン:幻田恋人著「ニケ… 翼ある少女 : 第19話」参照)

********


 俺はいささか違法すぎると言える乱暴運転を続けて、ようやく東京港の有明埠頭ありあけふとうに到着した。
 『有明埠頭フェリーターミナル』を右手に見ながら左折し、海岸に面する埠頭ふとう沿いの直線道路に入った。この埠頭ではこの道路が全長1㎞を超える長さの直線道路となる。
 この直線道路が、これから俺がやろうとしている『天馬ペガサス計画』における最重要ポイントだ。

 左折した地点で俺は一旦『ロシナンテ』を停車し、同乗者で旧友の鳳 成治おおとり せいじに、俺がこれから始めようとしている行動をレクチャーした。

おおとり、よく聞け。この直線道路は現在地点からスタートすればさえぎるものが無く約1,300mの直線の道路が続き、加速し続ける事でスピードを上げる事が可能となる。
 つまり、東京湾へと向かう直線道路で『ロシナンテ』の速度を限界まで上げるんだ…」
俺は一旦、話を切っておおとりの反応を見た。

「それで…? その先はたしか…ごみ処理センターや埋め立て処分場のある『令和島』があるだけだったんじゃなかったか?
ナビの画面にもそう映ってるが…」
 おおとりが不審そうな目で、俺とナビ画面を交互に見ながら問い返して来た。

「その通りだ。だが、今から俺達のいるこの直線道路の終点に、この『ロシナンテ』用の打ち上げ用発射台を設置する。」

「打ち上げ…発射台…? しかも、この車用にだと…?
何するつもりなんだ、そんなものを…?
お…お前、まさか…」

 俺を見るおおとりの青ざめた顔を、ニヤリと笑って見返した俺が頷きながら答えた。

「そのまさかさ… 『ロシナンテ』を空に打ち上げるんだよ。川田明日香あすかを乗せたヘリを追跡するためにな。」

「ば、バカな事を…」
 その先のおおとりの声は『ロシーナ』の声で打ち消されてしまった。

マスター! 報告します。『スペードエース』より受信しました。
 現在、『黒鉄の翼アイアンウイング』が『ロシナンテ』より約10㎞後方地点まで飛来し、継続飛行中。
 それに加え、『スペードエース』から警戒警報を合わせて受信…
 こちらに向かい、『ロシナンテ』の左右から1機ずつの合計2機のヘリコプターが高速で接近中です。
 機体の種類は2機共に最新鋭攻撃ヘリ『AH-64R アパッチ改』と思われます。
攻撃ヘリの所属は2機共に不明!

ロシーナが警告を叫んだ。

「『AH-64R アパッチ改』だと…? そんな機種は今までに聞いた事が無いぞ。」
 戦闘兵器に詳しいおおとりが、助手席から俺の顔を見つめて言った。

「なお、迫る2機のヘリは米軍でも使用している既存の攻撃ヘリ『AH-64 アパッチ』の機体に、大幅にチューンアップ及び武装等の改装を行なっている模様です…」

ロシーナの美しい声が響き渡る。

「おそらく、米軍で使用している攻撃ヘリの『AH-64 アパッチ』の機体にライラとバリーの所属する組織が武装等に改変を加えたんだろうぜ。
 お前さんが、いくら戦闘兵器通だと言っても知らなくても無理もない。」
 俺はおおとりにそう告げた後、ロシーナに対して命令を与えた。

「ロシーナ! 急いで第七倉庫から直線道路上の埠頭のはしに、発射台の用意をしろ!
 それに『黒鉄の翼アイアンウイング』の現在位置と速度、こちらまでの距離から到達時間を精確に算出するんだ!
 『黒鉄の天馬アイアンペガサス』の完成に向けて、『スペードエース』と『ロシーナお前』のAIコンピューターを完全に同期シンクロさせろ!
寸分の狂いも許されんぞ!」

了解しました、マスター!
 これより、有明埠頭の全道路を封鎖し、WFカンパニーの第七倉庫より『ロシナンテ』打ち上げ用発射台の展開を開始します。

 今から始まる全てが、この日のために準備されていたんだ。
 この有明埠頭の倉庫を、俺の秘書である風祭かざまつり聖子が自分の莫大ばくだいな財力に物を言わせて買い取り、『天馬ペガサス計画』を実現させるための格好の条件を満たす場所として、あらゆる準備を施して完成させた。

今日、この日のために…
黒鉄の天馬アイアンペガサス』のために!

 俺達の乗る『ロシナンテ』の前方、真っぐな直線道路の約1km前方の東京湾側にある第七倉庫のシャッターが開き、2台の無人大型コンテナトラックが姿を現した。
 そして2台のコンテナトラックが道路上に展開し、前後につらなるようにして直線状に2台並んで止まった。
  見ている間にコンテナが展開し、荷台に積まれていた梯子はしご状に組まれた金属製フレームが自動でせり出して来た。
 後ろ側に見えているコンテナ車の向こう側に停車中のコンテナトラックの荷台からも、同様に金属製フレームが展開を始めている。
 わずか10分ほどの時間で、2台のコンテナトラックの荷台から展開された金属製フレームがくみ上がったのは、全長数十mにも及ぶ巨大なすべり台のような代物しろものだった。
 その巨大な金属製の『滑り台』は下方を道路の路面に設置し、荷台のコンテナトラックを支柱の基部として、反対側のはしを東京湾の上空に向ける形でそびえ立っていた… 

「何だあれは…?」
 そうつぶやいたおおとりが、前方にそびえ立った『滑り台』の方に向けていた顔を、運転席の俺の方を振り返りながら言った。

「あっ? ああ… 俺もお前と同じで初めてお目にかかったんだ…
 あれがこの『ロシナンテ』を大空に打ち上げるための発射台だ。
 ははは、まったく… 聖子君のヤツ、『天馬計画』のためにとんでもないモノを本当に作りやがったんだな… 」
 俺も話しかけられるまでは、おおとりと同様に前方で繰り広げられる光景を口をポカンと開いた間抜けヅラでながめていたんだ…

マスター! 来ました、『黒鉄の翼』です!
 『黒鉄の天馬』完成までのカウントダウンに入ります、『ロシナンテ』を発車して下さい!

ロシーナの叫び声が響き渡った。

「オッケー! 待ってたぜ、『黒鉄の翼』よ!
 行くぞ、おおとり! しっかり何かにつかまってろ!」
 俺は停車していた『ロシナンテ』のアクセルを、目いっぱいに踏み込んだ!

「ギャギャギャーッ! ブオォーーッ!」

 最高馬力を2,000hpまで改造強化しチューンナップした『ロシナンテ』のモンスターエンジンが爆音ばくおんを鳴り響かせて発進急加速し、前方にそそり立った『滑り台』めがけて突っ走った。

 1kmなんて本気を出した『ロシナンテ』には、あっという間だ。

しかし…!

マスターッ! 緊急事態! 2機の攻撃ヘリ『AH-64R アパッチ改』がこちらに向けて30mmチェーンガンを発砲してきました!

「何いっ! この平和ニッポンで無茶苦茶やりやがって!
ロシーナっ! 『ロシナンテ』に対弾防御だ! 急げ!」
 俺の命令と共に、『ロシナンテ』の全ての窓に特殊チタニウム合金製の装甲シャッターが下りた。
 シャッターでふさがれた全ての窓には、全方向カメラで撮影された映像が即座にうつし出される。
 実際に撮影された外部の映像と足りない部分をCGで補正し合成された映像が、窓全体を全方位モニターとして表示され搭乗者にはシャッターの無い状態の時と視界的には何ら変わりの無い状態となる。
運転も何の支障も無く出来る。
 
「うおっ! いったいどういう車なんだ、これは! 改造加えるにもほどがあるぞ! お前はジェームズ・ボンドかっ?」
 俺はおおとりの悲鳴に似た叫び声は無視し、アクセルを踏み込んで『ロシナンテ』をさらに加速させた。時速250kmを軽く超えた…

「ガンッ! ガガッ! ガッ!」
 敵攻撃ヘリの発射したチェーンガンの弾が数発、『ロシナンテ』のボデイーに当たったようだ…

「おい! 千寿せんじゅー! 弾が当たってるぞーっ! ひいぃぃー!」
 今度こそおおとりは文字通りの悲鳴を上げていた。

「大丈夫だ! 『ロシナンテ』の特殊チタニウム合金製の装甲ボデイーは、これぐらいじゃ破壊されない! 安心しろ!」

 フロントガラス・ディスプレーに表示されている『滑り台』まで、あと数十m…

「ガンッ! ギャギャーッ!」
 タイヤから伝わる路面の感触が変わった。
 『ロシナンテ』が『滑り台』にったのだ…
 『ロシナンテ』が上に向かって角度を変え、巨大な『滑り台』の滑り斜面を逆向きに突っ走って行く。

「ロシーナっ! 補助翼を展開させろ! スーパージェットブースター点火っ!」

了解ラジャーッ!

おおとり! 歯を食いしばれっ! 飛ぶぞ!」
「ドッカーンッ!」

 俺がおおとりに叫ぶのと同時に、後方ですさまじい爆発音がした。
 『ロシナンテ』の後方下部に仕掛けられた二基のスーパージェットブースターが点火し、ジェット噴射した衝撃だった。
 物凄ものすごいGが俺とおおとりの身体に襲いかかった。

「時速500km突破っ! 『ロシナンテ』っ! 飛べーっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
 
 おおとりの叫び声と共に、二基のジェット噴射で今までに比べ物にならないロケット並みの超加速を得た『ロシナンテ』が、空に向けて急角度で発射台を飛び出した!

「行っけーっ! 俺の『ロシナンテ』ーっ!」 



【次回に続く…】

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