そんな事が出来るってのか？
教えてくれ！
あの魔槍まそうさえ封じられれば
俺が必ず由井 正雪ゆい しょうせつを斬って捨てる

頼む、『青龍せいりゅう』どの！
教えてくれいっ！

＊＊＊＊＊＊＊＊

柳生十兵衛やぎゅうじゅうべえが拙者に
掴つかみかからんばかりの勢いで迫って来た
この男の切羽詰せっぱつまった気持ちが全身に表れていた

「由井 正雪ゆい しょうせつの魔槍まそうを封じるのは
余人には叶かなわぬ事…
だが、徳の高い僧侶そうりょや強い術を使える陰陽師おんみょうじがおれば
多くの妖を詰め込んでおる魔槍まそうを封じる事が出来よう
ただし、並みの僧侶でも陰陽師でも能あたわぬ
『妖滅丸ようめつまる』ほどの魔槍まそうともなれば
並みの法力ほうりきや呪力じゅりょくでは封印どころか
たちどころに返り討ちに逢うのが落ちじゃ…
それだけの徳の高い人物を用意できるかに懸かかっておる」

十兵衛は俯うつむいて少し考え込んだ後
顔を輝かせるようにして拙者の顔を真っ直すぐに見た

＊＊＊＊＊＊＊＊

いるぞ！
その役にピッタリの坊さんが！
しかも、お誂あつらえ向きに
俺んちの江戸柳生家下屋敷えどやぎゅうけしもやしきに滞在していやがるぜ
おっと、こんな口の利きき方してたら
そのクソ坊主に大喝だいかつを喰らうわな…
桑原桑原くわばらくわばら…

とにかく…
お前さんの申す条件にピッタリの坊さんが
さっき言ったように当家の下屋敷にいるんだ
うちの親父殿の大切な客分きゃくぶんとしてな

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十兵衛が拙者に一つしかない自分の目を
ぱちぱちと瞬まばたきして見せた
はて、何の合図でござろうか…？

「しかし、十兵衛どの…
其方そなたの言われるお方が
果たして、拙者の申した条件に合致するのでござろうか…？
そんなお方が
そうそう都合よく貴家きけに滞在されているなどとは
拙者にはとても信じられぬが…」

十兵衛は拙者の申した魔槍まそうの封印を
少々甘く見ているのではないか…？

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お…？
俺の言う事が信じられんと申したな…
へへへ…
まあ、普通はそう思うわな
そんなに都合のいい話があるかってな
ところが本当にあるんだな、これが…
江戸柳生家の下屋敷しもやしきに
『検束庵けんそくあん』って名付けた一室を設もうけて
その偉えらい坊さんは逗留とうりゅうしてるんだ

お前さんだって
名前は聞いた事ぐらいあるんじゃねえか
『沢庵 宗彭たくあん そうほう』って名の偉えらい和尚おしょう様だ
公方くぼう様御自おんみずからが江戸城にお召しになって
禅を説いていただいたっちゅうありがたい坊様よ

でも、俺に言わせりゃあ
その坊様の何より一番凄すごいのは
『たくあん漬け』を作り出したって事だぜ
あれさえありゃあ、俺はどんぶり鉢ばちで飯が三杯は食える

俺はしょっちゅう怒鳴られてるから
沢庵和尚たくあんおしょうにゃあ、てんで頭が上がらねえ
俺にはどんなに強い剣豪よりおっかねえや

まあ、とにかく…
あの天海大僧正てんかいだいそうじょうが江戸と将軍家を託たくした坊様だぜ
これ以上の適任者がいるかってんだ
どうだい…？

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「むう…
沢庵和尚たくあんおしょうとな…？
沢庵どのなら拙者も存じておる
妖狩りの旅の途中で知り合い、道中を共にした事がある
十兵衛どの、あのお方なら申し分ぶんござらん
由井 正雪ゆい しょうせつめの魔槍まそう『妖滅丸ようめつまる』を封印なされる事、間違いない」

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そうか！
では早速さっそく、和尚にお願いしてみよう
あの御仁ごじんなら
江戸庶民の為とあらば必ずやお聞き届け下さる

青龍どの…
ありがたい進言、かたじけのうござった
俺は居ても立ってもいられんから
すぐさま当家下屋敷に沢庵和尚をお訪ねするが
貴公はどうされる…？
旧知であれば和尚に会って行かれんか？
どうだ？

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「いや…
やめておこう…
貴公の言われる通り、沢庵どのにお会いしたくはあるが
拙者は先ほど申した通り
由井 正雪ゆい しょうせつと幕府との争いに
立ち入りたくはござらぬ故ゆえ
此度こたびは沢庵どのにお会いするのはやめておく
また沢庵どのが旅に出られる事がお有りなら
旅の空にて再会致す事もあるやもしれん
沢庵和尚には十兵衛どのから良しなにお伝えくだされ
さあ、十兵衛どの…
早うお行きなされよ
由井 正雪ゆい しょうせつがまたしても妖の力を手に入れる前に
ヤツの企てを阻止致した方が良い」

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相分あいわかった
お前さんの言う通りにするよ
この度たびは幕府と江戸庶民になり代わり礼を言っておく
ありがとうよ、青龍どの…

いつでも俺に会いに来てくれい
お前さんなら大歓迎だ
それに、お前さんとは一度手合わせ致したい
おっと、断るなよ

剣の道を究きわめようとする俺としては
その『斬妖丸ざんようまる』も是非ぜひとも見てみたい…
いつかまた、お前さんと出会ったらな

それじゃあな…
元気に妖狩りの旅を続けてくれ

では、さらばじゃ
わが友よ！

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ふふふ…
短気な男よな…
もう行ってしまいおった

柳生十兵衛三厳やぎゅうじゅうべえみつよし…
あの真っ直すぐで豪放磊落ごうほうらいらくな男ならば必ずや
由井 正雪ゆい しょうせつの企たくらみを未然に防ぎ
江戸の町と庶民を戦禍から救う事だろう

わが友よ…か
拙者も一度あの柳生十兵衛と一人の剣士として
剣を交えてみたいものだ

なあ、『斬妖丸』よ…