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妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』:「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑱拾捌)”戦いの果て… 一人の豪傑の最期”

 まさか、こいつを使う事になるとは思わなかった…
 拙者はこのまわしい不死者ふししゃを『斬妖丸ざんようまる』に封じてから今日まで使役しえきした事は無く、使おうと思った事も無かったのだ

 それほど、この南蛮なんばんより渡来した吸血鬼きゅうけつきノスフェラトゥはまわしい存在であった…
(※1)

 若い女子おなごの生き血を好んで吸い、吸った相手を生けるしかばねと成さしめ、おのが意のままに操る南蛮のあやかしの一種…吸血鬼
 拙者は『斬妖丸』を用いた秘剣ひけん天翔日輪剣てんしょうにちりんけん』を使って何とか勝ちを収めたが… 二度と敵として戦いたくは無かった
 いや、出来る事ならば…二度と彼奴あやつの顔を見たいと思わなかったのだ…

「何なりと用をお申し付けくださいませ 我が主マイマスターよ…」
 そう言いながら拙者に深く頭を下げたノスフェラトゥは、拙者のとなりたたず柳生 茜やぎゅう あかね殿の方をちらっと見て顔を上げた

「ほう… これはこれは…なんとお美しい、お嬢様フロイラインだ…」
 そう言いながらあかね殿を見つめるあやしい目つき…
 そして、ノスフェラトゥが舌なめずりをするのを拙者は見逃さなかった

「ノスフェラトゥ! 貴様! いやらしい目つきで、この方を見るではない!」
 拙者はあかね殿とノスフェラトゥの間に立ちふさがり、不死者に向かって叫んだ
 あかね殿が拙者の背後に、そっと身を寄せて来た… 彼女もこの不死者を気味悪く感じているのに違いなかった

「貴様を呼んだのは、彼奴あやつらと戦わせるためじゃ!
 彼奴あやつらは貴様と同じ不死者ゆえ手強てごわいので用心致せ!」
 拙者はノスフェラトゥの注意をあかね殿から真田十勇士の二人に向けさせるために言ったのだったが、意外にもノスフェラトゥの顏から薄気味悪い笑いがすぐに消え、敵に厳しく鋭い目を向けた

「何ですと…? 我が主マイマスターよ… こやつらが私と同じ『不死者アンデッド』とおっしゃるか? ほほう…こやつらが…」
 そう言って、二人の真田十勇士を代わる代わる見るノスフェラトゥの細めた目は、興味深そうでもあり嘲笑あざわらっているかのようにも見えた

 自分達を見下げたような目で見るノスフェラトウの態度に腹を立てた猿飛佐助が言った

「水の竜の次は、またおかしな奴を呼び出しやがって…
 青竜せいりゅうさんよ、その南蛮なんばん伴天連バテレン格好かっこうをした妙ちくりんな奴を、わしら真田十勇士の二人にけしかけようって言うのかい? 
 こいつは笑わせてくれるわい… そんなちんけな奴ぁ、ケチケチしないでもっと数をそろえて寄こさねえとわしらの相手など務まらねえぜ なあ、清海せいかいよ?」

 猿飛佐助さるとびさすけがこの場にいる全員にわざと聞こえる大声で、隣に立つ三好清海入道みよし せいかいにゅうどうに言った

「ふん… この日本ひのもとでは、下等な猿如さるごときが生意気にも人に注文を付けるのですかな? 我が主よマイマスター…」
 ノスフェラトゥが猿飛佐助を凶悪な目で見つめながら拙者に言った

「何だと…? わしを下等な猿と申したか、毛唐けとうの妖怪風情ふぜいが… お前の主人が不死者ふししゃって言ってたが、わしがお前を八つ裂きにしてやらあ
 それでも生きてられるってんなら、もう一度わしを下等な猿と言って見やがれ
 清海せいかい青龍せいりゅうはお前に任せたぜ
俺はこの伴天連野郎バテレンやろうる」
 
 よし、佐助がノスフェラトゥの挑発に乗ってくれた…
 これで拙者は清海入道に専念出来る

「『斬妖丸ざんようまる』、行くぞ! 清海入道を退治致す!」
 拙者は叫びながら『斬妖丸』を構えながら、ノスフェラトゥと佐助から離れるべく林の中を走った
 拙者に遅れぬよう、清海入道も巨体に似合わぬ俊敏しゅんびんな身のこなしで走ってついて来る
 十分にノスフェラトゥ達から距離を置いた拙者は、ぴたりと足を止めた

 四間よんけん(約7.2m)ほどへだてた向こうで清海入道も足を止めると、長さ七尺(約210cm)余りの真っ黒な八角棒を拙者に向けて構えている

「喰らえ、清海入道! 鎌鼬直伝かまいたちじきでん、『真空乱れ刃しんくうみだれやいば』っ!」

 拙者は大上段に構えた『斬妖丸』を目にも止まらぬ速さで振り、数十にも及ぶ真空のやいばを清海入道に向けて放った
 この真空刃しんくうはに当たれば生き物である限り、死より逃れるすべは無い
 その身はズタズタに切り裂かれ、原形もとどめない… 筈だった…
だが…
 清海入道はその場から一歩も動かず、手に持った七尺もある真っ黒な八角棒を大きく振り回し始めたのだ
 八角棒は清海入道の怪力で風車の様に回転し、すぐに目にも止まらぬ速さで回転を上げていき、近くにあった木の枝や幹が切りきざまれ吹き飛ばされていった
 そこへ襲いかかる数え切れぬほどの真空のやいば

「カキンッ! カキッ! カキカキカキンッ!」
 拙者の放った数十もの真空刃しんくうはは、高速で回転する八角棒に次々と撃ち落とされね返されていく

 しかし… 拙者の放つ真空刃は、一方向に向けてのみ直線に進むのでは無い
 あらゆる方向や角度から回転する八角棒をくぐり抜け、あるいは背後に回り込んだ幾つもの真空刃が一斉いっせいに清海入道の身体におそい掛かった

「はあ…はあ…はあ… や、やったか…?」
 『真空乱れ刃しんくうみだれやいば』を連続で繰り出し,、荒い息の拙者が見たものは…
 徐々に回転をゆるめ、やがて静止した八角棒を両手に持ち仁王立におうだちとなった清海入道の姿だった

 清海入道の着ていた法衣ほういはズタズタにけ、頭と言わず身体と言わず…全身が無数の切り裂かれた傷だらけであった
 しかし、鎌鼬かまいたちの真空刃に受けた傷は、深くても意外な事に大量の出血を伴わないものなのだ
 清海入道の身体は血は出ずとも、肩や腕、脚など肉を断たれ骨が露出している部位が身体中に数多くあった
 顔面ではひたいほほも裂け、縦一文字に切り裂かれた左目からは真っ二つになった眼球がドロリと垂れ下がっていた
 こま切れ肉となる寸前の、かろうじて肉と骨がつながっているだけというこの身体で、どうしてこの男は立っていられるのか…?

「ぐはははは… 何のこれしきの傷… これを見よ! 
キエエェーイッ!」
 しゃべれるだけでも驚くべき事だが、何か所も切り裂かれた唇から清海入道は甲高かんだかい気合を発した

拙者は目を見張った!

 仁王立ちとなり、両手に握った八角棒の先端を地面に突き刺した清海入道の裂帛れっぱくの気合とともに、鋼のような全身の筋肉が隆々と盛り上がり、身体中に負った裂傷が瞬時にふさがった
 その筋肉の張りつめた状態のまま、数十秒ほどブルブルと身体を震わせていたかと思うと、清海入道は静かに身体の力を抜いた
 力を抜くと共に硬く張りつめていた筋肉の緊張も解けたが、身体中に負っていた傷は完全にふさがり跡形あとかたも見えなかった

 左の眼窩がんかから垂れ下がり二つに切り裂かれていた眼球も、すでに元の丸い形に修復した様だった…
 清海入道は、そのぶら下がったままの復元した眼球を左手でひょいとつかむと眼窩へと押し戻した そして数回瞬きをした左目は完全に元通りとなり、右目と同じ様に拙者という獲物を求めてキョロキョロと動いていた…

「おのれ、不死身の化け物め… 何という再生能力だ…」
 猿飛佐助の右腕の時よりもすさまじい、文字通りに全身がズタズタになっていた三好清海入道の完全な再生修復を目の当たりにした拙者は、ポカンと開いていた口を閉じてつぶやいた

「ぐひひひ… 鎌鼬かまいたちなんぞの技が拙僧にくものか
 次はこちらから参るぞ! 覚悟致せ!」

 口惜しいが、確かに清海入道の身体に拙者の『真空乱れ刃しんくうみだれやいば』はかぬようだ
 しかし、恐ろしいのはヤツの八角棒… あれは木では無く全体が鉄で出来ておるようだ…
 あんな重い鉄棒を高速で回転させる清海入道の力も物凄いが、あれだけの数の真空刃を簡単にはじき返すとは…
 文字通り、鬼に金棒…といったところか
 あの鉄製の八角棒を清海入道の怪力で一撃でもまともに食らえば、拙者でも即死そくしまぬがれぬ

「死ねい! 青龍よ!」

ドドドドドドッ!
 清海入道が八角棒のとがった先端を拙者に向けて突っ込んで来る!
 拙者を串刺くしざしにするつもりか!
 拙者は『斬妖丸ざんようまる』を構えたまま、上を見上げた

「てええぇい!」
 拙者はその場から真上へと一気に跳躍した
 そして、三間さんけん(約5.4m)余り真上に張り出していた杉の大木の太い枝に飛び乗った

ドドドドドドッ!
 拙者が真上へと跳躍し身を躱した後も清海入道の突進は、止まる事無く拙者の真下を通り過ぎた

「ふうぅ…」
 拙者は杉の枝の上に立ち、一息くとともに猿飛佐助と対決しているノスフェラトゥの方を見やった


********


「この者も、やはりあやかしなの…?」

 柳生 茜やぎゅう あかねは、新たに落雷の中より現れし人の形をした者に対して、青方 龍士郎あおかた りゅうしろうより預かりし太刀たち時雨丸しぐれまる』を油断なく構えながらつぶやいた

 あかねの頭上には、彼女をまもるように水竜がゆっくりと旋回せんかいを繰り返している

一方、あかねが見つめる先には…

「下品な猿面さるづらをした死人返しびとがえ風情ふぜいが、この真の不死者に対して生意気な口を叩きおって…」

 魔剣『斬妖丸ざんようまる』より解き放たれた吸血鬼ノスフェラトゥが、対峙たいじする真田十勇士の一人である猿飛佐助に襲い掛かろうとしているところだった
 ノスフェラトゥは伴天連ばてれんの服装の上に羽織し黒い南蛮蓑なんばんみのを、まるで翼のように大きく広げた
 するとどうだろう…
 黒い南蛮蓑なんばんみのの内側から、無数の真っ黒な蝙蝠こうもりが羽ばたきながら飛び出してきた

「行け、我が可愛いしもべどもよ… その猿めの体液を吸い尽くすがよい!」

無数の蝙蝠は猿飛佐助へと襲い掛かる…
 対する佐助は構えていた忍者刀を口にくわえたかと思うと、右手をふところに入れて数個の甲賀流八方手裏剣を取り出した
 そして目にも止まらない速さで八方へと手裏剣を放った
 あちらこちらで数匹の蝙蝠が手裏剣に撃ち落されていく
 しかし、ノスフェラトゥの広げる南蛮蓑なんばんみのからは限り無く蝙蝠がき出してくる

「ふっ… これではきりがないわい
 今度はお前がわしの忍法をその目を見開いて見るがよい、毛唐けとうの妖怪よ!」
 口に咥えていた忍者刀を一度さやに納めた佐助はそう言い放つと、両手でいんを結んで気合を発した

りん!」

 猿飛佐助の両手で結ばれた手印しゅいんが、となえる呪文とともに次々と形を変えていく

りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」

猿飛流忍法さるとびりゅうにんぽう、『影分身かげぶんしん』っ!」

 佐助がそう叫ぶと、満月に照らされ地面に伸びていた佐助の影が突然四つに分かれた
 別れた四つの影はそれぞれがムクムクと地面から起き上がり、佐助と同じ姿をした四つの真っ黒な実体となった
 本物の佐助と同じ姿の黒い影法師達は、ある者は忍者刀を構え…別の者は手裏剣を構える等、それぞれがめいめいの違う構えを取っていた
 驚くべき事に、佐助の作り出した『影分身かげぶんしん』は個々において、それぞれ独自の判断で動くようであった

 気が付くと猿飛佐助と黒い影法師かげぼうし達…合わせて五人の忍者がノスフェラトゥに対峙していた
 そして五人の忍者達は、ノスフェラトゥが黒い南蛮蓑なんばんみのから吐き出し続ける無数の蝙蝠達を次々と斬り捨て、撃ち落していく

「ほほう… これは面白い… 貴様は日本ジャポン魔術師ウィザード(wizard)か?」
 そう言うとノスフェラトゥは両腕を下ろし、おのが首にめていた黒い南蛮蓑なんばんみのを身体から外して近くの杉の枝に掛けた
 そして、身に着けていた伴天連ばてれんの服を脱いで上半身裸になり、脱いだ服はやはりたたんで枝に掛けた
 意外にも、几帳面きちょうめんな面を持つ不死者であった

「ならば… 私も貴様に面白いものを見せてやろう
 おっと、これは失礼しました… お美しいお嬢さんフロイラインの見ていらっしゃる前で服を脱ぐなどと…ご無礼な真似をいたしました
 このノスフェラトゥのご無礼を、お許し下さいますよう…
 おびとして、すぐに私がこのみにくさるめを片付けて御覧ごらんに入れますゆえ…」

 ノスフェラトゥと名乗る男に振り返って見つめられると、柳生 茜やぎゅう あかねは気味が悪くて鳥肌とりはだが立った
 不死者の白目の部分は充血し、真っ赤になっていたのだ。
 あかねは震えながら手に持つ魔剣『時雨丸しぐれまる』を強く握りしめ、青方 龍士郎あおかた りゅうしろうの姿を心に思い描いた…
「ああ…龍士郎りゅうしろう様…」

 震えるあかねまわりをゆっくりと旋回しながら彼女を護る水竜が、猿飛佐助だけではなく味方であるはずのノスフェラトゥをも警戒している様子なのをあかねは敏感に感じ取った
 あかね自身も全く同じ気持ちだったのだ…
 あかねにとっては、目の前の不死者がいくら青方 龍士郎あおかた りゅうしろうの魔剣『斬妖丸ざんようまる』から呼び出されたあやかしとはいっても、自分を護ってくれている水竜すいりゅうに感じる親愛の情とは雲泥うんでいの差であった
 『でも、龍士郎りゅうしろう様が出したあやかしなんだもの… 仕方ないわ…』

「ふふふふ… 猿よ、見ているがいい 私の今一つの姿を…
ふんっ!」
 そうして大きな鼻息を発したノスフェラトゥの青白い死人の様な上半身に、みるみる力がみなぎっていくようだった

 青白い半裸の肌にさらに青い色の血管が浮き上がり、全身の皮膚を駆け巡っていったかと思うと…
 何という事か…ノスフェラトゥの皮膚の表面がボコボコと、まるで鍋の汁物しるもの煮立にたつ様に泡立ち始めたのだ
 身体だけではない、ノスフェラトゥの気味の悪い顔の皮膚までがボコボコと泡立っていた
 そのおぞましい現象は、ヤツの伴天連ばてれんの服を着たままの下半身にも及んでいるようだった
 なぜなら、ヤツの穿いている南蛮なんばん製の股引ももひきの様な下衣かいの布の表面が、下からボコボコと繰り返し押し上げられていたからだ

「きゃああぁ~っ!」
 あかねが悲鳴を上げた
 目の前で繰り広げられる、あまりのおぞましい光景にたまらずに絶叫したのだった


********


「むっ! 今のはあかね殿の悲鳴… 如何いかがいたしたのだ?」

 拙者は杉の枝に立ったまま、伸びあがって悲鳴の上がった方をかし見た
 すると突然、拙者の乗っていた杉の古木がグラグラとれだした!
「うっ! な、何だ?」

 振り落とされないようにしっかりと枝にしがみつきながら拙者が下を見下ろすと、三好清海入道みよし せいかいにゅうどうの巨体が太さ一間いっけん(約1.8m)余りもある杉の古木のみきを抱きかかえて、ゆさゆさと揺すっていたのだった

「ぐはははは! どこを見ておるのじゃ、青龍せいりゅうよ!
 貴様の相手は佐助さすけでは無く、目の前のこの拙僧せっそうぞ!」
 拙者の真下では、清海入道が巨木を揺すりながら楽しそうにえている

 そうだ… あかね殿の悲鳴に拙者は我を忘れておった
 あかね殿の元へ行くには、このけ入道を何とかせば…

「てやあっ!」
 拙者は乗っていた杉の枝から、三間さんけん(約5.4m)余り下の地面めがけて回転しながら飛び降りた

「待たせたな、化け入道よ 少し他に気を取られておった…」
 拙者は愛刀の魔剣『斬妖丸ざんようまる』を、清海入道に向けて正眼せいがんに構えた

「ぐふふふ… ついに観念しおったか もう逃がさんぞ、小僧!
これを見よ! ぬんっ!」
 清海入道が裂帛れっぱくの気合と共に、杉の巨木を抱きかかえた両腕に力を込めた

「バキバキバキ、メキメキメキッ!」

 拙者の目の前で信じられない事が起こっていた…
 清海入道の左右の二の腕の筋肉が、直径一尺(約30cm)の大ぶりの西瓜すいかほどもあろうかというくらいに赤黒くふくれ上がったかと思うと…  
 高さが八間(約14.4m)はある杉の巨木を地面から引き抜こうとでも言うのか、抱えた幹を両腕の凄まじい膂力りょりょくで締め付け始めたのだ
 途轍とてつもない怪力で締め付けられた巨木の表面の硬い皮がバキバキと割れ、はじけ飛んでいく

「な、なんと… すさまじい怪力… 化け物め!
おのれ… 清海入道…」
 呆気あっけにとられて見つめる拙者の目の前で、ついに…

「ぐおおおおおおーっ!」
「メキメキメキ! ブチブチブチッ! ボゴッ!」
 
 清海入道は、地面に植わっていた根っこを引きちぎりながら杉の巨木を引き抜いた!
 いや、地面には大量の巨大な杉の根が土中に埋まったままだ…
 清海入道は巨木を引き抜くというよりも、根元で引きちぎったのだった

「ズボッ! ズボッ! ズボッ!」
 清海入道が杉の巨木を引き抜くために木の幹に深く突き刺していた十本の指を、幹から抜き去る音が次々と聞こえて来た 

「ズシーンッ! バキバキバキーッ!」
 幹から指を引き抜かれ、腕の締め付けからも解放された引き抜かれた杉の巨木が大地に落ちた瞬間、地響きと共に地面がれた…
 引きちぎられた自分の根の上に落ちた杉の巨木は、幹の上部分の枝が他の木に引っかかって支えられ、傾きはしたが全体が倒れる事は無かった
 どうやら、今の行為は清海入道が自分の怪力を拙者に見せつけるためだけに行なったようだった

 巨木から手を離した清海入道は、何事も無かったかのように地面に置いていた鉄の八角棒を拾い上げた

「さあ、準備運動は終わりじゃ
 身体もぼちぼちあたたまってきたわい 再び始めようぞ」
 そう言ってニヤリと笑った清海入道の顔には信じられない事に、疲れた表情など微塵みじんも浮かんでいなかった

「こいつ… 途轍もない怪物だ…
 悲鳴を上げていたあかね殿の事は気にかかる… だが、こやつを倒さぬ限り、あかね殿のそばへは行けぬ…」
 拙者は清海入道の構える八角棒のとがった先端を見つめながら苦悶くもんの表情を浮かべてつぶやいた

「…ん? この鉄の八角棒…使えるぞ!
斬妖丸ざんようまる』、『雷獣らいじゅう』を出すぞ…
出でよ! 雷獣!」
 妙案を思いついた拙者は、すぐに実行に移すべく『斬妖丸ざんようまる』で空中に円を描いて『雷獣らいじゅう』を呼び出した
(※2)

「ゴロゴロ、ドッカーンッ!」

 空から一条の稲妻が走り、拙者の右隣に落ちた
 落雷とともに現れたのは、体長二尺(約60cm)程度で狼に似た生き物だった
 前脚まえあしは二本だが後脚うしろあしは四本で鋭い爪を持ち、尻尾しっぽきつねよりも太い尾が二股ふたまたに分かれていた
 見かけは小さいが、この『雷獣』は何よりもかみなりを自在にあやつる事が出来る


「『雷獣らいじゅう』よ…
 お前の扱える最大級の威力のいかづちを清海入道の持つ八角棒に食らわせてやれ 手加減はらぬ
 手加減致せばこちらがられる…」
 拙者が雷獣だけに聞こえるささやき声で命じると雷獣の体が青白く光りだした どうやら、雷獣は大気中から自分の身体に電気をたくわえているようだ…
「パシッ! パチッ!」
 青白く輝く雷獣の身体のあちこちから小さい稲妻が走り、輝きが増していった

「また妙なあやかしを出しおって… 何じゃ、その犬コロのようなチビは
 では…拙僧がこの八角棒で、貴様を犬コロもろともバラバラの肉と骨に粉砕してくれるわ!
死ねい! 青龍っ!」
 そう叫んだ清海入道が、拙者を叩き伏せるべく鉄製の八角棒を大上段に振りかぶった…

「今だ! 雷獣、放てえっ!」

 青白く光り輝いていた雷獣の身体中の毛が逆立ち、今では真っ白な光に輝きの色が変わっていた
 その雷獣が拙者の命令を受け、爆発するような一瞬の真っ白な輝きを発してはじけた

「ゴロゴロ、ビッシャーッ! ドッカーンッ!」

 すさまじい轟音ごうおんと共に林中が一瞬、真っ白な光に包まれた…

 雷獣の放った稲妻の凄まじい輝きと轟音に目と耳をやられ、拙者には何も見えなかった…
 だが、落雷の後に空気中に漂うおかしな匂いと共に、草木の焼ける匂いがしている
 そして…「パチパチ」「ジュウジュウ」というものが焼けてぜる音が聞こえると共にただよってきたのは、肉の焼けげる匂いだった…

 徐々にだが拙者の目が元の状態に戻って来た
 目の前に広がる林の二十軒四方(約36m四方)ばかりの面積の草木が焼けて煙を上げていた
 そして、その中心には…
 大上段に八角棒を振りかぶった姿勢のまま黒焦げになり、ぶすぶすとくすぶっている三好清海入道の姿があった
 清海入道は着ていた法衣ほういだけでは無く、身体中余す所なく完全に炭化していた…
 雷獣のあまりにも凄まじい雷撃を、持っていた鉄棒を通してじかにその身で受け止めたのだ
無理もない結末と言えるだろう

「ボロッ… ゴトーンッ! ガランガラン!」

 すっかり元通りになった拙者の目に映ったのは、炭の塊と化してもなおたたずんだままの…かつて清海入道だったモノの両腕部分が、振り上げて持っていた八角棒の重さに耐え切れずに折れたのだった
 八角棒を握りしめたままの清海入道の両手は、地面に落ちた衝撃で粉々に砕け散った… どうやら、中の骨まですっかり炭化していたようだった

「もう、この清海入道の血を『斬妖丸ざんようまる』に吸わすのは無理のようだな… 残念だが、仕方あるまい…」

 その時、林の中を一陣の強い風が吹き抜けた…
 風は林の中の焼け焦げた草木の燃えカスを吹き飛ばしていく…

 そして、風は清海入道の炭化した身体にも吹き寄せ、その身体を大きく揺らした… すでに意思の無い焼け焦げた身体は風に揺れるにまかせ、やがて地面に倒れ落ちた
 炭化した清海入道の身体は地面に倒れた途端とたん、バラバラに砕け散って幾つもの炭の塊となり、林の中を吹き荒れる風が塊から灰を散らしていった…
 
 かつて、『大坂の陣』において… 真田十勇士の一人として、その名を戦場の敵味方の間にとどろかせた豪傑ごうけつ…三好清海入道の最期さいごであった…

「三好清海入道よ、其方そなたが主人である真田信繁(幸村)と共に数多あまたの戦場を駆け抜けた真の豪傑だったのは間違いない…
風が其方を浄土じょうどまで運んでくれよう…
今度こそ、安らかに成仏じょうぶつ致せ…」
 
 拙者は目の前でった一人の歴戦の勇者の死をいたみ、静かに目を閉じて合掌がっしょうし、勇者にとむらいの言葉を贈った…

 拙者は目を開けると、あかね殿の悲鳴が聞こえた方へ向かい全力で走り出した

「頼む、あかね殿… 無事でいてくれ…」



【次回に続く…】


 (※1)ノスフェラトウ… 幻田恋人著:妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「伴天連の吸血鬼…」 参照

 (※2)雷獣… 幻田恋人著:妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「未知なる者再び… (陸)" 大団円 "」 参照


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