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第10話 台北、イ・チャンドン、小籠包

先月、台湾最大の映画祭「金馬奨」に招待されて台北に行ってきた。

『牯嶺街少年殺人事件』『戯夢人生』『愛情萬歳』など台湾の傑作たちの聖地を案内してもらいながら、小籠包、魯肉飯、豆花に豆漿、胡椒餅にねぎ餅と、舌鼓を打つ(仕事です)。
三日間ですっかり体重が増えたけれど、なにより最高だったのはアジアの映画人との交流だった。

僕は「マスタークラス」の講師のひとりとして参加したが、今年の並びは壮観だった。
巨匠イ・チャンドンにトラン・アン・ユン。クリストファー・ノーランの弟であり共同脚本家のジョナサン・ノーラン。日本からは北野武、役所広司、妻夫木聡、満島ひかり。

金馬奨のマスタークラスの良いところは、普段なかなか手の内や心の内を明かしてくれない世界最高のフィルムメーカーたちが、たっぷり二時間その手練手管について話してくれることだ。

去年は坂元裕二、一昨年は是枝裕和もマスタークラスで講演した。
今年講演するにあたり、それらの内容をこっそり取り寄せた。
普段、日本では聞けないような手の内がたっぷり語られていて驚いた。

なぜか。
そこに参加する200人の受講生は、厳しい書類審査を経てアジア中から選抜された若手のフィルムメーカーたちだからだ。本気度が全然違う。したがって話す方も本気にならざるを得ない。本気の場を作ったことで、素晴らしい講演が生まれているのだ。

台北のホテルに着いた瞬間、素晴らしい出会いがあった。
常々、一番好きな監督は誰か? と問われると「イ・チャンドン」と答えている。
『オアシス』『シークレット・サンシャイン』『ポエトリー』『バーニング』……撮る映画すべてが傑作、という奇跡の人がそこにいたのだ。

映画祭のアテンドをしてくれていた方に、恥ずかしげもなく「大ファンなんですが……」と告げ、挨拶をさせてもらい、厚かましくも写真まで撮ってもらった(単なるファン)。

奇跡は奇跡を呼ぶものだ。
次の日の夜、イ・チャンドンのマスタークラスがあるというのだ。
今まで彼の奇跡的な演出の秘密を知りたくて、インタビュー記事やメイキング映像などを漁っていたが、ほとんど彼の手の内がわかる資料は存在せず謎に包まれていた。
それがこんなところで聞けるとは!
自身の講演準備は憂鬱だったが、心底この仕事を受けてよかったと思った。

当日、マスタークラスの会場にはアジア中のフィルムメーカーが集結してきていた。
台湾のスター俳優たちが勢揃いし(みな私服、プライベートで来ていた)、シンガポール、マレーシア、タイなどからも若手監督や脚本家などが集まる。そのうち数人は顔見知りで、再会を喜びあった。

超満員の会場の片隅に座る。
大学生以来の、「もぐりの受講生」である。
そして、イ・チャンドンのマスタークラスが始まった。

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