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新作小説『私の馬』発表に寄せて(小説冒頭掲載)

国道に、馬がいた。

そんな書き出しから始まる小説を書いた。
二年ぶりの新作となる。

タイトルは『私の馬』。

僕の人生において大きな気づきを得たいくつかの”言葉”がきっかけとなり、この小説を書くに至った。

今日はそのひとつについて書けたらと思う。

「今ってさ、人類史上最も”言葉”を使っている時代らしいよ」
数年前、友人のミュージシャンがそんなことを言っていた。
小説が売れない、と嘆かれている状況に反して人間が触れる言葉自体は増えているのだと彼は言う。
「ネット、スマホ、SNSで使う言葉の量ってすごいんだろうね」

違和感があった(いつもの僕のクセだ)。
自分の手元にあるスマホを開く。
やはりそうか、とため息をつく。

確かに、言葉が溢れていた。
けれどもそこにあるのは憎悪や嫉妬であり、暴力や誹謗中傷である。言葉が溢れた世界で、人間は有史以来もっとも「わかりあえない」時代を生きている。
交わされる言葉は無限に増えていくが、コミュニケーションの実感は薄れている。メッセージを送った数分後には、それがどんなものだったかを思い出すことができない。

他方で、コロナが蔓延したあたりから、僕のまわりで人間との濃厚なコミュニケーションを獲得していったものたちがいる。それは犬、猫、そして馬。動物たちだ。

動物は言葉を使わないのにもかかわらず、人間(僕も含む)は彼らと「わかりあっている」と感じる。人間といるより「満たされている」と思ったりもする。

『世界から猫が消えたなら』『四月になれば彼女は』でも描いてきた、動物と人間の関係性はさらに深化をしていると感じた。それを書いてみたい、と思った。

『私の馬』は、国道で出会った馬との”言葉の要らない”交流にのめり込んでいった女性が、想像もつかない運命に飲み込まれていく物語だ。
なぜ彼女は、それほどまでに馬にのめり込んだのか。どんな“コミュニケーション”がそこにあったのか。彼女がその馬に見ていたものは何なのか。

「僕たちは、もう一度”言葉”を取り戻さないとね」
友人のミュージシャンは、最後にそう呟いた。

私たちが失ってしまった”言葉”とは何か?
言葉を用いて書くしかない小説を通して、言葉の意味を考え続けた。

それから二年経ち、やっとこの風変わりでエモーショナルな、悲劇のような喜劇を皆さんにお届けできる。
楽しんでいただけたら嬉しい。

note『物語の部屋』でも『私の馬』読者とのイベントの開催を予定しています。
その時に、皆様の感想を聞けるのを楽しみにしています。

『私の馬』掲載誌「新潮」の情報はこちらから。


小説冒頭が、下記から読めます。

第一章 女と馬


 国道に、馬がいた。
 錆びついたブレーキを力任せに掛け、赤いスクーターを止める。熱されて溶け出しそうなアスファルトの上でタイヤが擦れ、ゴムの焦げた匂いが鼻を突く。
 色褪せたフラッグがたなびく中古車販売店と、潰れて看板が外されたパチンコ屋に挟まれた道の真ん中に、黒く艶やかに光る馬体が在った。
 先ほどまで道路を行き交っていた軽自動車や大型トラック、路線バスやオートバイが、立ち往生しクラクションを鳴らす。ふざけんな、どけコラ、次々と罵声が飛ぶが、それらはまさに馬耳に吹きつける風のようで、私の背丈の倍ほどもある馬は道の真ん中で悠然と首を動かしている。
 つんのめったヘルメットの鍔を上げると、馬と目が合った。漆黒の瞳が、じっと私を見つめている。どこか懐かしく、物悲しい黒。なぜだか、ため息が漏れた。額から汗がつう、と日に焼けた首筋を流れて着古したシャツの襟を濡らした。国道に立つ馬は、私から一切目をそらさない。正気かどうかを確認しようと、口角を上げた。大丈夫、ちゃんと笑えている。
 馬が二歩、三歩とこちらに歩み寄ってくる。拍動が速くなり、激しく鼓膜を打つ。硬い蹄がアスファルトを打ち付ける音がそれに重なった。枯草と乳が混じり合ったような獣の匂いが、私の鼻に届く。
 刹那、黒い馬が天を仰ぎ高らかに嗎いた。
 幻ではない、と告げるかのように。
 すると、揃いのナイロンジャケットを着た男たちがやってきて四人で馬を取り囲んだ。荒い鼻息を吐きながら、馬は前脚を高く上げる。右へ左へ。筋肉質で端正な四本脚が動く様は、洗練されたダンスのようだった。馬はしばらく暴れていたが、手綱がかけられると立ちどころにおとなしくなった。
 ナイロンジャケットの男たちは、動き出した車に頭を下げながら、少し先の信号に停められた馬運車へと馬を引いていく。先ほどまでの様子と打って変わって、まったく抵抗することなくタラップを登った馬が観音開きの扉から荷台に乗ると、馬運車は鈍重に走り出した。消費者金融の無人契約機と、水色の看板のコンビニエンスストアに囲まれた交差点をゆっくりと左に曲がっていく。
 遠ざかっていく車体に“麦倉乗馬倶楽部”と書かれているのが見えた。色褪せたその文字から私が目を離せないでいると、幌と荷台のすきまから、あの馬が顔を覗かせた。吸い込まれるような黒い瞳が、再び私に向く。
 見つけた。
 私が思うより少し先に、馬からそう語りかけられた気がした。

 つむじを焦がすような日差しを浴びながら、私は工場前の道を社用の自転車に乗って走る。野球場ほどの広さの工場の一角では閃光が飛び散り、がららんと長い鉄パイプが切り落とされた音が聞こえてくる。
 隣では後輩の宇野沢美羽が、あちー焼けちゃうーと眉をしかめてペダルを踏んでいた。彼女は毎日同じ文句を言うが、その顔も腕もタイトなスカートから見える太ももも、異様なほど白い。半袖の襟シャツの上にチェック柄ベストを羽織っている美羽は、童顔も相まって女子高生のように見える。この制服着るとナントカ48みたいですよねーと自虐する彼女に、ふたまわりも年上なのに同じものを着ている私を気遣う様子はない。
 突然目の前が影に覆われ、視線を上げた。
 コンテナ運搬船の船底部分を形成する赤い鉄板が、太陽の光を遮っていた。その様はいつかテレビで見た、巨大な鯨の死体のようだった。立ち並ぶ工場で造られた船のパーツは、百メートル長のクレーンで運ばれ、沿岸で組み立てられていく。
 ギリシャの船主から発注された鉱石運搬船は、ちょうど半分まで建造が進んだところだ。完成したら全長三百メートルを超えるらしい。東京駅の駅舎とほぼ同じサイズなのだと、工場長が話していた。
 短大を卒業して造船会社に入社が決まり、工場に配属されて二十五年が経った。始めのうちは怖かった。こんなに大きなものを作って大丈夫なのだろうか。それは人間に許されたスケールをとうに超えているように感じられた。かつて母親に教えてもらった旧約聖書の物語を思い出した。天国に近づこうと高い塔を作っていた人間たちに神様が怒って、言葉をめちゃくちゃにした。人間同士の会話ができなくなって、塔の建設は中止となる。以来、人間は世界各地に散らばり、バラバラの言葉で話すしかなくなった。それと同じことが、いつかこの工場でも起きるのではないか。
 けれども数ヶ月ここで働いて造船の仕組みを知ると、ひとつひとつのパーツが大きいだけで、実態はプラモデルを組み立てているのとさほど変わらないことがわかってくる。それならば神様の怒りに触れることもないだろうと、私は胸を撫でおろした。このことをいつか誰かと話してみたいと思ったこともあるけれど、共感してくれそうな人は職場にはいない。

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