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第11話 小説を映画にするということ

映画『四月になれば彼女は』の公開まで、あと3ヶ月となった。

先日、仲野太賀、中島歩、河合優実、ともさかりえ、そして竹野内豊という錚々たる俳優たちが新たなキャストとして発表された

原作小説通りのキャラクター、原作とは大きな変更があったキャラクター、そして原作には登場しないキャラクターなどがいて、いろいろと質問を受けることも多い。

今回は、映画『四月になれば彼女は』において、原作小説がどのように映画脚本として翻案され、登場人物たちが定められていったのか。
小説を映画にすること、という観点で書いてみようと思う。

『告白』『悪人』『何者』『怒り』など、小説を映画にしてきた。
そのたびに、小説と映画、それぞれで表現できること、できないことを発見する。

小説で描かれたセリフやキャラクターを映画にそのまま落とし込むと、大抵「なんか違う」となる。文章で読む感触と、人間が発音し身体で表現することの印象はかなり異なる。
同じ感触を目指すのならば、違う表現に置き換えていかなくてはならない。

たとえば、どんなに紙幅を割いてもウユニやアイスランドの息を呑む美しさを表現することは難しい。加えて小説には圧倒的な描写の密度があるが、音を鳴らすことはできない。
だからこそ映画は、映像や音楽を使って、小説の密度に迫る必要がある。

小説『四月になれば彼女は』は12ヶ月の物語であり、さまざまな人間のさまざまな愛の形を描いている。それをそのまま映画で描くと最低12時間はかかってしまう。無理やり2時間に収めて、ダイジェストになることは避けたかった。

必然的に、物語の中心を、藤代俊(佐藤健)と坂本弥生(長澤まさみ)と伊予田春(森七菜)に絞り込んで描くことになる。そのまわりの人物たちは、いかに彼らの感情を揺さぶり、緊迫させるかが重要だった。

タスクは、原作小説において藤代俊の親友であり、軽薄な恋愛に身を置きながらも愛の真理を語る人物。映画では彼の背負ったドラマの部分は描ききれなかったが、そのセリフは効果的に藤代に気づきを与える。存在感の厚さや、セリフの重みを考えた時に、単なる美少年というよりは、人間味のある俳優に演じてもらいたかった。以前「ティファニーブルー」というショートフィルムを、今回の監督の山田智和と共に作った時に、主演してくれた仲野太賀が素晴らしいタスクを作り上げてくれた。

ペンタックスは原作の印象にかなり近い。
藤代と春の学生時代の写真仲間であり、過去と現在をつなぐ人物。中島歩の朴訥とした語り口が、ひとつひとつのセリフに説得力を持たせている。映画オリジナルの翻案として、ペンタックスがラストに大きな役割を果たす。

一方で、坂本純と小泉奈々は原作から大きく変更されたキャラクターだ。

映画において坂本弥生の妹・純の登場シーンは、限られている。
原作の純は、性愛に奔放なキャラクターだが、映画においてその面は描かれない。
しかし誰よりも姉の本性を理解する人物として、河合優実が鮮烈な印象を残す芝居を見せてくれている。

小泉奈々は、藤代の同僚。小説では恋愛に大きなトラウマを抱える人物として描かれているが、映画においてはシングルマザーとして別の愛の形を表現する人物として登場する。深みのあるキャラクターとして、ともさかりえが端正に演じてくれた。

一番大きな変更は、原作小説で藤代と春との関係を終わらせる原因となった「大島」という人物がいなくなったことだろう。その代わりに、春の父親・伊予田衛が登場する。エピソードは大きく変わったが、大島が体現していた「孤独な愛」のかたちを、竹野内豊がすばらしい演技で見せてくれたと思う。

純、奈々、大島。いずれも原作小説では強烈なインパクトがあるキャラクターで、もちろん映画でも描いてみたかったが、彼らの物語だけでひとつの映画ができてしまうような濃さがあり、ダイジェストとなってしまうのは避けられそうになかった。

いつか連続ドラマなのか、違う形で『四月になれば彼女は』を映像化するチャンスがあれば、この多様な愛を背負ったキャラクターたちを仔細に描くことにもトライしてみたいと思う。

果たして映画においては「藤代、弥生、春」にどう関係するか、という観点で他のキャラクターが描かれていった。
そして小説のラストに登場するインドのシーンは、映画では描かれない。代わりに中盤から、映画独自のサプライズのある展開が待っている。

小説という文字の世界を、俳優の肉体と圧倒的な景色そして音楽で映画にしていく。
『四月になれば彼女は』は、その典型となる作品になった。

登場人物、そして物語の展開など、小説と映画はパラレルワールドとしても楽しめる。
小説を先に読んでも、きっと楽しんでもらえる映画になったと思う。

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