見出し画像

【チェルシーの新戦術】トゥヘルが狙うピッチ上の”風穴”

 昨年チェルシーの監督に就任し、僅か4ヶ月でチャンピオンズリーグ優勝へと導いたトーマス・トゥヘル。チェルシーでは、3バックシステムを採用。強固な守備と、ダイナミックなポジションチェンジによるポゼッションで、プレミアリーグのトップを走っている。今回は、トゥヘルチェルシーがポゼッション時に狙うピッチ上の”風穴”と、その”風穴”を狙う選手達の流動的なポジションチェンジついて解説していく。

まずはハーフスペースについて

  今回の内容は5レーン理論、ハーフスペースが大きく関係する。なので、まずはその解説をしていく。

 5レーン理論とは、ペップ・グアルディオラが生み出したピッチを横に5分割する理論だ。そしてハーフスペースは5レーン理論の中で有効に使われているエリアだ。

画像1

 図の色が付いているエリアをハーフスペースと呼ぶ。その中でもペナルティエリア内のハーフスペース(赤色のエリア)をポケットと呼ぶ。グアルディオラはポケットへの侵入をポゼッションの目的とした。この攻撃は大きく広まり、ポケットへの侵入を狙うことはサッカーのセオリーとなった。

 ポケットに侵入する利点は「ポケットからのクロスや折り返しはディフェンスが対応しづらい」「選手によってはポケットからシュートを決めることが出来る」「キーパーが飛び出しづらい」等だ。

”風穴”について

 本題の”風穴”とは図の黄色のエリアの事だ。

画像2

 ポケットの手前にある”風穴”。その正体はバイタルエリアのハーフスペースだ。ここからは”風穴”の事を“バイタルハーフ”と呼ぶ。“バイタルハーフ”はポケットを埋めるディフェンスの手前であり、パスやドリブルでポケットへ侵入が可能なスペースだ。さらに、アーリークロスやミドルシュートなどポケットを経由せずにゴールに迫ることも出来る。

 トゥヘルが使用している3-4-3システムでは、“バイタルハーフ”を狙うことの出来るポジションが4つ存在している。ここから、各ポジションの選手が“バイタルハーフ”を狙った際の利点を説明していく。


シャドーの場合

 3-4-3の3トップの両脇。3バックシステムではウィングバックがいるため、ウィングと呼ばれることは無く、シャドーと呼ぶ。トップ下とウィングの中間のようなイメージだ。今シーズンのチェルシーでは主にマウント、ハフェルツ、プリシッチ、ツィエク、オドイ、バークリーが務めている。

画像3

 3-4-3システムでは、攻撃時にウィングバックを押し上げ、3-2-5の5トップに可変する。ポジションチェンジを行わずに5トップに当てはめると、“バイタルハーフ”にいるのはシャドーの選手だ。シャドーには、攻撃的でテクニックのある選手を起用することが多い。特にマウントは、狭いスペースの中でも前を向き、ドリブルやシュート、ウィングバックへのスルーパスなどのプレーを得意としているため、“バイタルハーフ”でのプレーでその輝きを放つ。

 しかし、最近の相手はゴール前にブロックを引くことが多い。ブロック内は、より狭くプレッシャーも早い。シャドーの選手が“バイタルハーフ”でボールを受けた場合は、後ろ向きになることが多い。なので、“バイタルハーフ”に進んでも、そこからゴールへ向かうことが難しい。


前進したボランチが受ける場合

画像4

 次は昨シーズンから使用している「前進したボランチが“バイタルハーフ”を使うパターン」だ。シャドーが内か外に移動し、開けた“バイタルハーフ”に片方のボランチが侵入する。

 この形の利点は「“バイタルハーフ”でゴール向きにプレーできること。」「5バックで引いた相手に6枚で数的優位を作れること。」である。

 この形はコヴァチッチ、ロフタスチーク、カンテと前に出て行く事を得意とするボランチが行う。カンテならアジリティを生かしたポケットへの侵入。コヴァチッチ、ロフタスチークならテクニックを生かしたドリブルやラストパスと、選手の個性を引き出すことが出来る。

 この形の問題は相方にジョルジーニョが必要なことだ。ボランチの2枚共が前進する事はリスクがある。それに、1枚になったボランチでも、ポゼッションを成立させるにはジョルジーニョが必要だ。ロフタスチークもジョルジーニョと同じアンカーのようなプレーが可能。しかし、彼こそ”バイタルハーフ”に侵入をしてテクニックを発揮するべきなので、ジョルジーニョの存在はこの形に欠かせない。

左右のセンターバックの場合

画像6

 トゥヘル就任当初からよく使用されている形だ。片方のサイドでボールを持った場合に、スライドする相手ボランチの脇を、逆側のセンターバックが使う。先ほどのボランチが上がる形と同様に、ゴール向きでプレーが出来る。

 チャロバーは今シーズンの開幕戦で、この位置からミドルシュートを決めている。リュディガーはスピードを生かしたロングドリブルで”バイタルハーフ”に侵入し、シュートを打つシーンが多い。また、アスピリクエタは得意のアーリークロスでアシストを記録している。


ウィングバックが内側に入る場合

 今シーズン途中から試している形。ウィングバックのポケット侵入は、去年までも行ってきたが、ウィングバックのバイタルハーフ侵入はCLマルメ戦(1回目)から見られた。

画像6

 シャドーとウィングバックがポジションチェンジをする。大外のレーンに移動したのは、攻撃的なシャドーの選手。得意なドリブルを”バイタルハーフ”よりも広いスペースで仕掛けることが出来る。”バイタルハーフ”でのドリブルが窮屈そうなオドイ、プリシッチはこの形で恩恵を受けそうだ。

 チェルシーのウィングバックにはジェームズ、アロンソ、チルウェルとキックの精度が高い選手が揃っている。そのため、バイタルハーフやポケットから精度の高いシュートでフィニッシュが出来る。フリーランが得意なアスピリクエタは、ポケットへの侵入や、逆サイドからのクロスに合わせるなどポリバレントに磨きをかけた。このシステムの恩恵を受け、より相手ディフェンスを惑わせる存在になっている。

おまけ 

 今シーズン、チェルシーへの対策として、ウィングバックにハイプレスをかけるチームが増えた。これに対してトゥヘルは、ビルドアップ時にシャドーを大外に移動、ウィングバックをボランチの隣まで移動させる”偽ウィングバック”のような形に取り組んでいる。

画像7

 この形は「ウィングバックへのプレスの回避」「中盤での数的優位」「前進後の、内に入ったウィングバックor押し上げたボランチの“バイタルハーフ”、ポケット侵入。」と多くの利点がある。

 以前までウィングバックは「大外に張り、上下動がより求められるサイドバック」という考え方が常識になっていた。しかし、トゥヘルは常識を覆し、相手を惑わすような戦術を作り出している。

さいごに

 今回紹介した”風穴”こと“バイタルハーフ”は「ポケットへの侵入に有効なエリア」であり、必ずしも“バイタルハーフ”を経由してゴールが決まるわけでは無い。ただ、チェルシーが行っている攻撃時のポジションチェンジを可視化する1つの指標となる。今回の内容に少しでも興味を持っていただけたなら、バイタルハーフの事を頭の片隅に置いて、試合を見ていただきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?